本間島's profileスタッフ手記  本間島(ほんまとー)とかBlog Tools Help

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    November 26

    第5話

    みなさんこんにちは。またはこんばんは。

    現在八戸滞在中のほんまでございます。

    先週末新横浜ではたくさんのみなさまにご観戦いただきまして
    ありがとうございました。

    おかげさまで「セルジオSDがベンチ入りした日曜日の王子製紙戦」では勝利を収めることができました!!

    ・・・で、いまは八戸と。
    八戸は覚悟してきたのですがそれほど寒くなくて拍子ぬけしてる最中です。
    えー、なぜ八戸に来ているのかと申しますと、
    まず12月15、16日に八戸南部山アイスアリーナにてアイスホッケースクールを行います。

    プロクラブの日光アイスバックスではアイスホッケーの普及・啓蒙にも力を入れていきたいと思っています。
    ですから、隙あらばあちこちでスクールなどを開催して各地のキッズたちと交流して
    アイスホッケーをさらに好きになってくれたらいいなぁ、とそう思っているわけです。
    そして12月19日には西武プリンスラビッツ戦があります。

    つまり、その両方のPRにやってきたわけですね。

    正直に言いますと前者のスクールの応募状況が予想を下回っておりましてですね、
    各所あいさつまわりにお邪魔して、スクール啓蒙活動がメインとなっております。


    八戸市近郊のみなさん! ぜひスクールに参加してくださーい!
    現役選手直接指導でスキルアップ致しましょう!
    申込用紙はアイスバックス公式ページからダウンロードできますよー。

    ってブログで呼びかけて集まって頂けるのならば八戸まで行くんじゃない。
    という声が聞こえてきそうなのでこの辺でPRはやめときます・・・。

    そういえば先週の新横浜では
    土曜日に波多野選手が唇の裂傷、日曜日にはケビン選手が鼻を痛打して多量の出血。
    がありましたが、あくまでわたくし個人の記憶というか感覚なのですが
    過去新横浜の試合は出血が多いんですよね。
    ホントにたまたまなんでしょうけど、予備ユニフォームの出動率が高いんです。
    予備ユニフォームが出動することって年に何回もないのですが、
    新横浜で出動する機会が多い。
    いずれも両選手とも大事には至らずホッとひと安心でしたが。

    ちなみにアイスホッケーでは出血の際、ユニフォームに血液が付いた状態で試合をしてはいけません。
    なので、きれいなものに取り換えるんですよ。
    で、血液のついたユニフォームは真水で洗い流すとわりとすぐきれいに落ちます。ぬるま湯より真水ですよ。

    えっ? そんなの知ってる?



    失礼しました。

    それではまた!


    November 18

    第4話

    みなさんこんにちは。またはこんばんは。

    北海道から帰ったばかりのほんまでございます。

    対王子製紙2戦目、勝ちました!
    みなさんのおかげでございます。はるばる北海道まで応援に駆けつけてくださったみなさま、本当にありがとうございました。
    もちろん、念を送ってくださったみなさまにも!

    しかし、アレですね、北海道寒いです・・。
    特に旭川大雪アリーナ内の寒さは尋常じゃないですね。
    瀬高選手が「試合をしていても寒さを感じる」とコメントしていましたが、
    それって非常に稀なことです。
    普通アイスリンクの控室では選手たちは汗ダクダクでヒーティング不要なのですが、
    大雪アリーナではヒーターつけっぱなしでも選手から「暑いっす」という声はなかったですもんね・・・。

    私はこの試合セルジオSDがどうしても都合で旭川入りできなかった関係で変わりに(?)
    ベンチに入ったのですが、久しぶりに「歯がガタガタする」状態を経験をしました。
    単に薄着だったという話もありますが・・・・。

    で、今日の苫小牧での王子製紙戦ですが
    試合前には映画「スマイル」(12月15日公開)のプロモーションで陣内監督のトークショーがあり、
    大変いい雰囲気でございました。その関係か、会場の王子スケートセンターも満員で
    ホーム王子製紙も気合十分。しかしもっと気合いが入っていたのはアイスバックスでした。
    前日惜しい試合を落としているだけに伊勢監督も「今日は結果が必要」と勝利にこだわり、
    もちろん誰よりも勝利に執念を燃やしていたのは選手たちでした。

    セルジオSDからは「昨日はいい試合だった。しかし、もっといい試合をしなくては勝利はない!」と
    ゲキが飛び、「負けては日光に帰れない」ぐらいの雰囲気で試合に臨むことができました。

    結果は粘りに粘って延長Vゴール勝ち、ということになりましたが
    選手たちはとことん粘り、しつこく、とにかく食い下がって勝利を呼び込んだと思います。
    今日は選手たちを褒めてやってください。

    この1勝ですべて満足はもちろんできませんが、
    これまで内容は悪くないが結果がついてこない、という展開で歯がゆい思いで応援下さった方も
    多数いらっしゃると思いますが、
    今日の勝利で何かが選手たちのなかに芽生えたようにも感じます。
    これからのアイスバックスに期待してください!

    ・・・・でも、
    「本間さんがベンチに入った旭川では負けて、セルジオさんがベンチに入った苫小牧では勝った」と
    わざわざ人のせいにするのはやめてくださいね。つちだくん。

    それではまた!








    November 14

    第3話

    みなさんこんにちは。またはこんばんは。

    タイトルバナーのジャギー修正待ちのほんまでございます。

    すみません。ブログというのは「コメント」を頂けるんでしたね・・。
    みなさんいろいろとコメントありがとうございます。
    頑張りますので今後とも何卒よろしくお願いいたします。


    というふうに下書きして続きを書こうと思ったら・・・
    ジャガー横田、ちがった、ジャギーが直ってます。
    つちだくん、遠隔操作で直してくれたんですね。ありがとう。

    メンドくさいと胸に書いてありますが、
    そう言いながらも作業してくれるところがつちだくんのいいところ。

    では次回からはチーム情報やこれまでの活動などをご報告してまいりたいと思います。

    それではまた!






    November 11

    第2話

    みなさんこんにちは。またはこんばんは。

    本日栃木ブレックスさんの試合を観戦させていただいた本間でございます。

    さて、2話目ですが、本間島について。
    別に大きな理由はなかったのですが、アイスバックス立ち上げのころ
    ホームページにて「なにかチームの裏話とか報告とかできるコーナーあったほうがいいよね」
    ということでスタッフ手記を書くことになりました。
    それが本間島。

    当時は毎日更新が目標です!などと大風呂敷を広げていたのですが
    結果的には2.5日に1回くらいの更新でした・・・。

    本間島という手記の題名ですが、
    これは当時わたくしが「ハワイ島に行きたい」と思っていたため、
    手記も「本間島」になった。   「も」、ってハワイ島には迷惑な話ですよね。

    つまりあまり意味はないというお話です。

    で、私も日光に戻りましてチームの活動報告やナニかをお伝えするために
    本間島も復活させてみた訳なんです。が、

    昔はHP内のコンテンツとしてあげていたのですが
    近年ブログ形式、っていうのが主流らしいじゃないですか。
    恐縮ですがわたくし最近のPC関連のことって全く疎くてですね、
    どうやったらブログを立ち上げられるのか全然わからなかったんです。

    で、ブログと言えば「土田英二」ですよね。
    選手会ブログで有名な。この人PC系の知識や技術がすごいんですよ。

    そうしたら「え?ブログも出来ないんですか?」みたいな感じで
    冷めた対応されたんですが、「そこを何とか頼むよぉ」ということで
    やり方を教えてもらい今回の本間島ブログに辿り着いた、というわけでございます。

    でもこのブログのタイトルバナー、なんか滲んでますよね。
    これの直しかた、土田選手は知ってるのに教えてくれないんですよね・・・。
    自分たちの選手会ブログのタイトルは奇麗なのに。

    ちなみに土田選手と私は小・中・高と同じ学校です。
    年は3つ違うので(私が上)中・高はかぶってませんが、小学校の時は
    つちだくん、ほんまくん、とくん付けで呼び合う仲でした。

    なんの因果か彼はバックスに移籍し、私はバックスに戻り、
    いまは一緒に仕事(?)するという関係にあり、人の人生ってのは
    それぞれわからないものですね。

    だから つちだくん、昔のよしみでバナーの滲み直してね。

    それではまた・・・・・。
    November 04

    第1話

    みなさんこんにちは。またはこんばんは。

     
    日光アイスバックスの本間でございます。

    5年ぶりに戻ってまいりまして、本間島も復活させてみました。

     

    「ほんま?」「本間島?」と疑問をお持ちになる方も当然大勢いらっしゃると思いますので、

    わたくし「ほんま」と「本間島」について簡単にご説明差し上げ、

    これからこの本間島ブログを楽しんでいただければ幸いと存じます。

     

    そもそも私ほんまは古河電工アイスホッケー部の出身、

    現役はたったの2年、その後古河電工アイスホッケー部のアシスタントマネージャーに。

    スカウト担当などを経て4年目(だったと思います)、アシスタントマネージャーからアシスタントが取れて

    「よーしっ」と思っていたその矢先、アレが来ました。

    アレとは1999年の古河電工アイスホッケー部の廃部です。

     

    うわーっていう感じでしたがいろいろあって「実業団」から「クラブ」への

    変貌を目論み、多少古河電工さんから睨まれつつ、しかし多大なバックアップを受け、

    そして皆様熱狂的なファンの方々、理解あるスポンサーさまのお力で

    なんとか「HC日光アイスバックス」の立ち上げに成功しました。

     

    ちなみに「HC日光アイスバックス」は「ホッケークラブ日光アイスバックス」

    のことですが、

    なぜアイスバックスというチーム名になったのか?

     

    クラブ化するにあたり、当初チーム名は「HC日光バックス」とする予定でした。

    実業団からクラブへ移行し、親会社なしでチームを運営するには

    クラブ会員収入、スポンサー収入、興行収入、グッズなど周辺収入でクラブ運営費を

    まかなわなくてはいけない、欧米のクラブにならって不慣れな(当時国内に

    このような事例はほとんどありませんでした)運営を素人軍団で行わなくてはいけませんでした。

    前述の収入項目はどれもとっても大切で、付け焼刃でしたがさまざま勉強していく中で、

    グッズで収入を得るには商標登録なるものをしなくてはならず、

    当然「日光バックス」で主に衣類にて登録しようとしました。

    すると「NBAのなんとかバックスがすでに日本国内で登録済みのためNG」と

    なってしまったのです…。

    「ええーっ! NG?・・・」

     

    かなりゲッソリとしたものの、日光には冬になるとたくましい牡鹿が現れ、

    どうにもこうにもそのイメージを活かしたい。という思いが強かったため

    (実は古河が廃部にならなければ2000年シーズンから古河バックスという愛称にしようというアイディアがありました。

    実際いまもFURUKAWA BUCKSというロゴの入ったパックなど試作グッズが現存しております)、

    「バックス」は残したい。しかし使えない。でもチーム登録の期限もあり急いでチーム名を決めなくてはいけない。

    で、どうしたかというと

    いまもチームイクイップメントであるアメリカ人、今市のグレートスケートジャパンオーナー、

    キースオドンネル氏に尋ねました。ちょっとカタカナ多いですね。

    「ワイルドバックスはどう?」

    「ちょっと暴れ鹿という感じで英語的にあんまりよくない」

    「じゃ、氷上の牡鹿という意味でアイスバックスは?」

    「まあ、悪くない」

    ではそれで。

     

    チームカラー(オレンジ・白・黒)。

    やっとチーム名が決まりましたが、次にユニフォームを確保しなくてはいけません。

    チーム登録の期限もやっかいでしたが、

    試合するためのユニフォームの確保もやっかいでした。とにかく古河電工から

    日光アイスバックスへの移行に時間がなかったため、なにもかにもバタバタだったのです。

    これもキース氏とのやりとりですが、

    「選手全員分揃うユニフォームありますか? できれば古河のイメージを踏襲して

     赤・黄色・白、NHLでいうとカルガリーフレームスみたいのがいいのですが」

    「サイズが揃わない。難しいです」

    「では時間がないので、なんでもいいです」

    「ではフィラデルフィアフライヤーズモデル(オレンジ・白・黒)ならば何とか・・・」

    ではそれで。

     

    なんだか当時のバタバタを暴露しているみたいですが、

    日本初のプロアイスホッケークラブ「HC日光アイスバックス」はこうして

    スタートしたのです。

    いや、「こうして」っていうほどすべてを説明しておりませんね・・・。

     

    まあ、アノ、このように話が飛んでしまいましたが、

    古河電工マネージャーから日光アイスバックスのマネージャーを3年つとめ、

    5年間は某広告代理店でスポーツ関連の仕事をさせていただき、

    縁あって戻ってまいりましたのがほんまでございます。

     

    今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。

    少し長くなってしまったので「本間島」については次回、ご説明させていだたきたいと思います。

     

    え? 読みたくない?

     

    いえいえそんなこと思わずに、ぜひぜひ、ご愛読下さい。

    せめて2話目までは読んでください・・・。

     

    それではまた。