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    March 10

    第18話

    みなさんこんにちは。またはこんばんは。

    花粉症が本格的に発症すると、こんなにキツいのか! と実感中の本間でございます。

    昨日のファン感謝デー、たくさんのご来場まことにありがとうございました。
    なんとなーく振り返ってみるとその昔、日本リーグ時代にはファン感謝デーというものは
    アイスホッケー界になくて、確か古河電工時代に日本リーグで4位になったシーズン(13年くらい前?)に
    始めたのが最初だったと思います。
    第1回は懐かしの古河電工リンクでしたが、試合時と同じくらいのお客さんが集まったことに驚いた記憶があります。

    懐かしんでごまかすつもりはないんですよ・・・。

    今シーズンもアイスバックスを卒業し、別の世界へ旅立っていく選手たちがいます。
    佐藤選手、白鳥選手、小野選手、瀬口選手、有澤選手、ケビン木村選手。

    この中のほとんどの選手は日本リーグからアジアリーグへの移り変わり、
    そしてアイスバックスの最も厳しい時期を経験した、
    日本のアイスホッケー界にとってとても貴重な選手たちです。
    昨日のファン感謝デーでのさよなら試合30分一本勝負では残り10分を切ったところで
    それぞれが自身のルーツであるチームのユニフォームを着て登場しました。

    例えば白鳥選手の雪印時代。小野選手の西武時代。

    古河電工のスタッフ時代に敵として彼らを見ていた私としては
    彼らにボコボコにやられていたその頃の記憶が急激に蘇り、「にくたらしぃ~」という、どう考えても失礼な、
    その場にいた誰もが感じないであろう、思ってもいない自分でも予想外の率直な感想。

    ・・・。ですが、その彼らはアイスホッケーそのものを諦めず、アイスバックスへ籍を置いて
    闘い続けました。アイスバックスのために・・・。

    そして最後の氷上でのあいさつで彼らは言いました。
    「感謝しています」「ありがとう」
    ただそれだけ。
    引き続きアイスバックスの経営状態は厳しく、彼らにとっても、残る選手たちにとっても
    決して満足できる環境ではありません。いや、むしろ不満でしょう。
    それなのに「感謝しています」 と、それだけを熱心に伝えようとする彼ら。

    私はひさしぶりにアイスホッケー界に戻ったせいもあり、
    なんとも言えませんが、彼らのようなコメントをしようと必死な選手を見たことがない気がしています。

    私はチーム内において戦力外を伝えたり、引退をしたい選手にたいしてそれを認めたりする立場です。

    選手は可能性があればホッケーを続けたいに決まっています。
    それを断ち切ることもあります。
    スカウティングで人の人生を捻じ曲げることもあります。
    自分はなんのために生きているのか考えてしまうことがあります。
    ホッケー選手は現役中に一生暮らせるようなお金は稼げません。
    私は人の人生を右や左に動かすような権利や実力もないにもかかわらずそういうことをします。

    彼らは恨みつらみを言いません。
    そしていま、未来への希望を持っています。
    そして少しの悔しさをチームに残しています。
    その悔しさはずっとチームに魂として残ります。
    残った人間たちでその悔しさを晴らさなくてはいけません。

    彼らが誇りを持って「日光アイスバックスのOBだ」と言えるようにしなくてはいけません。

    少し恥ずかしい表現で恐縮です。
    私たち日光アイスバックスは立ち上げ時からずっとそうですが
    氷という名の海をさまよう海賊みたいなものです。
    いきなり敵が襲ってきたり、船に穴があいたり・・・。
    いつも自分たちの居場所を探して、安定した陸地を探してさまよい続ける。

    さまよう中で様々な人がアイスバックスを通り過ぎて行きます。
    今年チームを去る彼らはその中でも重要な、とても大切な時期を現役として過ごした
    選手たちだと思っています。
    これからのシーズンを過ごす選手たちは彼らの人間力の高さから何を学んで、何を残していくのか。
    そして私は彼らの功績に傷をつけないよう、チーム力向上、経営の安定のために努めなくてはいけません。

    次のシーズンのアイスバックスを楽しみにしてください。

    次のシーズン、アイスバックスは10年目を迎えます。
    私や伊勢監督や村井選手や三田選手が直面した古河電工アイスホッケー部の廃部から10年、
    当時は300近い(あらゆる競技の)実業団チームが廃部になった大変な時代でした。
    その中の生き残りとして10年を迎えるクラブは日本にほとんどないはずです。

    10周年を超えたら古河電工アイスホッケー部創立から数えて100年を迎えるのも
    もう目の前です。
    日本で最初に100周年を迎える可能性のある唯一のアイスホッケークラブ、HC日光アイスバックスへの
    ご声援、これからも何卒よろしくお願い致します。

    それではまた!