| 本間島 的个人资料スタッフ手記 本間島(ほんまとー)とか日志 | 帮助 |
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4月8日 第20話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 突風で傘がブチ折れたら家族も傘がブチ折れていたほんまです。 みなさんはブチ折れましたか? ついでに本日傘がブチ折れて取っ手の部分だけ持って歩いている中学生を見ました。 えー・・・。 記念すべき第20話ということで、 事務所キレイにしたぞ記念写真をお送りいたします。 それではまた! 第19話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 突風で傘が真逆にブチ折れた本間でございます。 そのあと車に乗ったらラジオで「今日は傘が役に立たないでしょう」とのこと・・・。 確かに。 さて、本日はミーティングを行いました。 内容は主に「営業」。 選手を5グループにチーム分けして、各担当を持たせます。 たとえばチーム1はどことどことどことどことどこ。 チーム2はドコとドコとドコとドコ。 どっちが読みやすいですか? カタカナ? まあつまりお得意様に関して新規・既存をそれぞれ振り分け チーム毎に営業にまわるのです。 どこかで営業中の選手を見かけたら気軽に声をかけてあげて下さいませ。 よろしくお願い致します! それと「こういうところに営業へお伺いしてみたら?」などの意見がございましたら どしどしご連絡下さい。重ねてお願い申し上げます。 下記はチーム毎作戦を練っている様子でございます。 3月10日 第18話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 花粉症が本格的に発症すると、こんなにキツいのか! と実感中の本間でございます。 昨日のファン感謝デー、たくさんのご来場まことにありがとうございました。 なんとなーく振り返ってみるとその昔、日本リーグ時代にはファン感謝デーというものは アイスホッケー界になくて、確か古河電工時代に日本リーグで4位になったシーズン(13年くらい前?)に 始めたのが最初だったと思います。 第1回は懐かしの古河電工リンクでしたが、試合時と同じくらいのお客さんが集まったことに驚いた記憶があります。 懐かしんでごまかすつもりはないんですよ・・・。 今シーズンもアイスバックスを卒業し、別の世界へ旅立っていく選手たちがいます。 佐藤選手、白鳥選手、小野選手、瀬口選手、有澤選手、ケビン木村選手。 この中のほとんどの選手は日本リーグからアジアリーグへの移り変わり、 そしてアイスバックスの最も厳しい時期を経験した、 日本のアイスホッケー界にとってとても貴重な選手たちです。 昨日のファン感謝デーでのさよなら試合30分一本勝負では残り10分を切ったところで それぞれが自身のルーツであるチームのユニフォームを着て登場しました。 例えば白鳥選手の雪印時代。小野選手の西武時代。 古河電工のスタッフ時代に敵として彼らを見ていた私としては 彼らにボコボコにやられていたその頃の記憶が急激に蘇り、「にくたらしぃ~」という、どう考えても失礼な、 その場にいた誰もが感じないであろう、思ってもいない自分でも予想外の率直な感想。 ・・・。ですが、その彼らはアイスホッケーそのものを諦めず、アイスバックスへ籍を置いて 闘い続けました。アイスバックスのために・・・。 そして最後の氷上でのあいさつで彼らは言いました。 「感謝しています」「ありがとう」 ただそれだけ。 引き続きアイスバックスの経営状態は厳しく、彼らにとっても、残る選手たちにとっても 決して満足できる環境ではありません。いや、むしろ不満でしょう。 それなのに「感謝しています」 と、それだけを熱心に伝えようとする彼ら。 私はひさしぶりにアイスホッケー界に戻ったせいもあり、 なんとも言えませんが、彼らのようなコメントをしようと必死な選手を見たことがない気がしています。 私はチーム内において戦力外を伝えたり、引退をしたい選手にたいしてそれを認めたりする立場です。 選手は可能性があればホッケーを続けたいに決まっています。 それを断ち切ることもあります。 スカウティングで人の人生を捻じ曲げることもあります。 自分はなんのために生きているのか考えてしまうことがあります。 ホッケー選手は現役中に一生暮らせるようなお金は稼げません。 私は人の人生を右や左に動かすような権利や実力もないにもかかわらずそういうことをします。 彼らは恨みつらみを言いません。 そしていま、未来への希望を持っています。 そして少しの悔しさをチームに残しています。 その悔しさはずっとチームに魂として残ります。 残った人間たちでその悔しさを晴らさなくてはいけません。 彼らが誇りを持って「日光アイスバックスのOBだ」と言えるようにしなくてはいけません。 少し恥ずかしい表現で恐縮です。 私たち日光アイスバックスは立ち上げ時からずっとそうですが 氷という名の海をさまよう海賊みたいなものです。 いきなり敵が襲ってきたり、船に穴があいたり・・・。 いつも自分たちの居場所を探して、安定した陸地を探してさまよい続ける。 さまよう中で様々な人がアイスバックスを通り過ぎて行きます。 今年チームを去る彼らはその中でも重要な、とても大切な時期を現役として過ごした 選手たちだと思っています。 これからのシーズンを過ごす選手たちは彼らの人間力の高さから何を学んで、何を残していくのか。 そして私は彼らの功績に傷をつけないよう、チーム力向上、経営の安定のために努めなくてはいけません。 次のシーズンのアイスバックスを楽しみにしてください。 次のシーズン、アイスバックスは10年目を迎えます。 私や伊勢監督や村井選手や三田選手が直面した古河電工アイスホッケー部の廃部から10年、 当時は300近い(あらゆる競技の)実業団チームが廃部になった大変な時代でした。 その中の生き残りとして10年を迎えるクラブは日本にほとんどないはずです。 10周年を超えたら古河電工アイスホッケー部創立から数えて100年を迎えるのも もう目の前です。 日本で最初に100周年を迎える可能性のある唯一のアイスホッケークラブ、HC日光アイスバックスへの ご声援、これからも何卒よろしくお願い致します。 それではまた! 2月23日 第17話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 花粉症とシーズン終了の虚脱感で体長最悪のほんまでございます・・・。 先週の金曜日に前職の後任かさはらくんから電話があり、 「東京マラソン走るんですよ~」とのこと。 「あっそう・・・」 今週月曜日に電話があり、「体ボロボロです~」とのこと。 「あっそう・・・」 今週火曜日に電話があり、「木曜からハワイ出張です~」(かさはらくんは私が前職で担当していた宮里藍さんについても後任であり、 ハワイでのフィールズオープンに出場する宮里プロの何らかのケアで出張するらしい)とのこと。 「あっそう・・・」 「東京マラソンでボロボロなので18ホールついてまわれるか不安です~」 「42.195キロ走れるなら、18ホール歩くのはそんなに難しくないのでないの? とにかく現地に着いたらよろしく伝えて。 それからミシェルウィーにもよろしく言っといて(カシオワールドオープンでの来日を2回担当してたので)」 「ハイ~」 私は宮里プロからは「もんきち」 ミシェルウィーからは「おさるさん」と呼ばれてました。 ミシェルウィー御一行様をカラオケに連れて行った際に興奮したミシェルが 「日本で一番好きなおさるさーーーん!!」(ミシェルはわりと日本語が堪能)と叫んでましたが、 まさか2番目に好きなおさるさんは本物の猿じゃないだろうな・・・。とけっこう本気で疑問に思った事が懐かしいです。 そんなにサル顔ですか? ・・・。 いや、話をごまかすつもりはないのです。 残念ながらシーズンが終わってしまいました。 みなさんからたくさんのご声援をいただいていたのですが、昨年の成績を上回ることができませんでした。 わたくしどもの来シーズンへ向けての活動はすでにスタートしています。 旧体制から新体制へ移行した07年度、手探りでのシーズンが終わり本当のスタートが2月20日王子製紙に敗戦した瞬間だと思っています。 2007年度シーズンのご声援まことにありがとうございました。 必ず良いチームにします。 来期も変わらぬご声援賜りたく、心よりお願い申し上げます。 2月18日 第16話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 昨日プレーオフ第2戦が終わり、 残念ながら敗戦でした。 幸いに20日地元で第3戦があります。 これは大変面白い内容になることでしょう。 対王子製紙戦は1戦目2点差、2戦目は1点差。3戦目は? 引き分けはありませんから、非常に楽しみです。 展開としては5戦目までもつれ込むしかないわけですから その5戦目は再度苫小牧。 2戦目のあとに苫小牧を後にして日光へ戻りましたが 「どうせまた来るからスーツケース、ホテルに預けて帰ろうかな」と 真剣に悩んだ本間でした。 でもその某ホテル。 「地元王子製紙勝利!」 とロビーに看板出して売店で特売やってるのにはドン引きしました。 だって僕らなけなしのお金でそのホテルに泊ってる一応「お客さん」ですから。 気持はわかりますが。 だから預けて帰るのはやめました。 それではまた! 2月17日 第15話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 本日プレーオフのファーストラウンド第1戦が終わりました。 残念ながら2-4で敗戦。 仕方ありませんが、明日またやってみるしかありません。 今日は千歳空港付近の天候が悪く、わざわざ関東方面から応援にかけつけてくれようとした方の 一部が試合に間に合わない、もしくは東京羽田に引き返さざるを得なく、会場入りできないという事態が 発生しました。不運としか言いようがなく大変残念な一日でした。 しかし、明日(厳密には本日)2戦目は今日間に合わなかった方々も揃い、念を送ってくださっている皆さんも含め フルメンバーでの試合です。本当のアイスバックスとして戦えるわけですから、違う内容の試合になることでしょう。 私たちはときどきボロボロになります。 経営が思うようにいかない。試合がうまくいかない。批判を受ける。 信じてきたものを失いそうな不安、自己嫌悪。 どうしてもそれを吹き飛ばしたい、頭だけではそれができない。辛い時間がたくさんあります。 解決方法はただ一つ。勝つことです。 それだけが私たちに明日への希望を与えます。 2戦目はきっと違う内容の試合になるでしょう。 それだけを信じて、明日(厳密には本日)はフルメンバーで戦えます。なんと幸せなこと! それではまた! 2月15日 第14話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 全日本選手権が終わり、いよいよ明日からプレーオフファーストラウンドです。 いまは空港で千歳行きの飛行機を待っているところ。 花粉症がひどくて体長悪いですが、 北海道に入ればそんなものはどこかに吹っ飛ぶことでしょう。 選手のコンディションは上々。プレーオフはこれまでとは全然違う戦いになること必至ですから 内容はほぼ気持の問題による、ということになるでしょう。 シーズン中には浮き沈みもあり、経営自体もまだまだまだ万全とは言えません。 しかしアイスバックスの選手たちは恨みつらみを言わずここまでやってきました。 シーズンも本当に終盤になり、氷に立つ回数もわずかになりました。 プレーオフでどのような展開をみせるか、みなさん是非アイスバックスを応援してください! よろしくお願い致します。 それではまた。 1月27日 第13話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 しばらく更新が滞ってしまいました。すみません・・・ さて本日をもってレギュラーリーグを終了いたしました。 取りあえずのけじめではありますが、皆様に支えられここまでは辿り着きました。 本当にありがとうございます。 これから全日本選手権、プレーオフファーストラウンドとシーズン終盤の大切な戦いが始まるわけですが 伊勢監督を中心にチームの調整を万全とし、いいご報告となりますよう頑張りますので 今後とも何卒よろしくお願いいたします。 さて、まったく関係ありませんが本日東伏見での試合には ガチャピンさんがいらしてましたね。 たまたま出番前のガチャピンさんが控えているところを拝見したのですが、 なんですか、なんというかアレですよね。 これまで様々な着ぐるみを見てまいりましたが、なんですか、あのオーラは。 芸暦ウン十年のベテラン、大御所、控室絶対別。他の出演者と絶対混じらない、みたいな感じのある種 重みがありましたね。修羅場くぐってるなぁ・・みたいな。 これまでどんな著名人が目の前にいても絶対に言わなかったあのセリフが生まれて初めて口から出そうになりました。 「一緒に写真撮ってください」 一生懸命我慢しましたけど・・・。 それではまた。 1月3日 第12話 みなさんこにちは。またはこんばんは。 昨年の最終戦後の祝勝忘年会のさらにその後、 毎月恒例の「誕生会」を行いました。 セルジオ越後SD発案で始まったこの誕生会は毎月行っておりまして、 今月は地元出身の岡本選手のみ。 一人ということでこの満面の笑み! でも、いつも問題があってケーキをカットするナイフを忘れるんですよね・・。 何個買ったことか。 それではまた! 1月2日 第11話 みなさん、新年明けましておめでとうございます。またはこんにちは。またはこんばんは。 旧年中は大変お世話になりました。 本年も何卒よろしくお願い申し上げます。 さて、アイスバックスは本日から練習開始致しました。 私は「初滑り」しようと思いまして、選手たちに混じってひっさびさに氷に乗ってみたのですが、 これがもう、足首がグニャグニャして怖いのなんの・・・。 やっぱりスケートは慣れが重要ですね・・・。 年末のクレインズ2連戦が終了し、今週末は王子製紙戦でございます。 かなり白熱した試合が予想されますが、アイスバックスは準備万端 期待してください! *(過去地元でクレインズ2連勝の実績がある旨のコメント頂きましてありがとうございました。 そして失礼致しました) ・・・・なんだか年末バタバタしてしまい、気が付いたら2008年でビックリしましたが (実際に大晦日は紅白でリア・ディゾンが歌い終わった直後くらいに寝てしまい、目が覚めたら元旦でした) そのバタバタのなか、こんな風景を収めてみましたのでご覧下さい。 最少人数でクラブ運営しているため、いろんなことをいろんな人にやってもらう必要があるんですよ・・・。 それではまた! 12月31日 第10話みなさんこんにちは。またはこんばんは。 更新が遅れていて反省中のほんまでございます・・・。 本日年内の最終戦、地元日光での日本製紙クレインズ2連戦が終了いたしました。 おかげさまで2連勝することができました! 私の記憶では古河電工時代から数えても地元で日本製紙(旧十条製紙)から連勝を 奪ったということは初めてのような気がします。 後日確かめてみようと思っておりますが・・・。 これもみなさんの応援のおかげでございます。 で、最近地元霧降でのみなさんの声援や後押しは 「応援」より1ステージ上の新しい日本語がないと表現できない、 そんな感じの雰囲気、霧降劇場ぶりだと思ってやまないのですが、 どうですか? なにかいい新しい日本語ありませんかね? 個人的にいつも考えているのですが プロスポーツの会場演出というのはいろいろな手法があると思うのですが 何を仕込んでもちょっとした塩コショー、 であってそれがメインにはならないと思っています。 とにかく試合内容、つまり選手の頑張る・粘る姿勢とお客さんの 生の声援、これによって会場の雰囲気が出来上がるのであって その点霧降での地元試合は運営側の演出だけでは完成しない 稀有な独特の、もっと言うと日本国内ではなかなか見ることのできない 素晴らしい瞬間がある、これをもっともっとたくさんの方々に 体験していただきたい、そういうふうに思っています。 そういった一番肝心なところをつくって頂いているみなさんに本当に感謝しているのです。 話は変わりますが29日の試合には栃木ブレックスのみなさんも 応援にかけつけてくれまして、そんな中ご存じのように勝利を収めることができて なんだかとてもいい思い出になりました。勝ち試合だったため、 試合後はわざわざ控室までご挨拶にきてくださったんですよ! このように県内のプロチームが互いに交流するっていうのは 物凄く幸せなことだと思っています。 栃木ブレックスのみなさん、本当にありがとうございました。 ところでみなさんは年末年始どのようにお過ごしですか? 私ども日光アイスバックスは1月2日から練習開始、5日・6日に 王子製紙2連戦を迎えます。 通常のお正月気分は味わえませんが、またみなさんとお会いできるのを楽しみにしております。 それではみなさんよいお年をお迎えください!
12月14日 第9話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 さて、昨晩12月15日公開の映画、「スマイル」の試写会に出席させていただきました。 上映後にはセルジオSD、伊勢監督、村井キャプテン、小林弘典選手 によるトークショーも催していただき、 ちゃっかりのご来場のみなさまにアイスバックスのPRもしてしまいました。 今回このような場を設けていただきました 東宝日本興行様、TOHOシネマズ宇都宮様、CRT栃木放送様、レディオベリー様、とちぎTV様、 ありがとうございました。 映画のほうですが、 「おもしろい」です。鑑賞中の伊勢監督が腹筋つりそうになってました。 あと、こんなにホッケーシーンがたくさんあるホッケー映画は初めてですね。 そのホッケーシーンも陣内監督が「特にこだわった」とあるとおり、リアリティは抜群です。 いわゆる「プロの選手が見ても冷めない」仕上がりですよ。 ストーリーや細かいディティールも素晴らしく楽しめる内容になっていました! もちろんここでストーリーに触れるわけにはいきませんので、みなさん劇場に足を運んでですね 是非ご鑑賞下さい。アイスバックスお奨めの一本でございます。 話は変わりますが、本日から4名の選手が八戸市に前乗りしまして 「HC日光アイスバックス八戸スクール2007」に参加する子供たちへの指導を行います。 アイスバックスではチームのPR、アイスホッケーそのものの普及・啓蒙を積極的におこなって まいりますが、その一環として行うのが今回の八戸市でのアイスホッケースクールです。 スクールの内容は選手自信で考案するのが特徴です。 下記はその内容検討中の模様ですが 今回は八戸市に縁のある選手のみで指導いたしますので、地元の子供達は大変楽しみにしてくれているようです。 もちろん19日の西武プリンスラビッツ戦もがんばりますよー。 それではまた! 12月10日 第7話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 神戸から戻ったばかりのほんまでございます。 おかげ様で中国シャークス2連戦は2連勝ということで無事終了いたしました。 1戦目、セルジオSD不在でわたくしベンチに入りました。 なんとか勝利を収めたものの、若干不安な内容・・・。1点差で辛勝って感じの試合でございました。 2戦目、セルジオSDベンチ入り。 4点差でのまあ完勝、と言ってもよい試合。 ・・・ま、あの、ジンクス解消ということにさせてください。 本日のトピックスは川口選手(GK)初出場でしょうか。 多少緊張があったようですがグッドセーブもあり、まずまずのデビューだったかと思います。 ゴーリーは練習と試合では全然違う精神状態が必要であると思われますので、 良い経験ができたのではないでしょうか。ゴーリーは20歳でアジアリーグデビューはなかなかできません。 ファーストゴーリー橋本選手が日頃どれだけ大変な仕事をこなしているか 少しでも感じることができたのなら川口選手の成長もぐんぐんと進むことでしょう。 ゴーリー話でいきますと、いまのところサードゴーリーに甘んじている白鳥洋選手の奮起にも期待したいと思っています。 白鳥選手は今期ベンチに入っていませんが、23人目の選手としてチームのフォローアップに日々黙々と頑張っています。 昔は試合の機会のない選手はいわゆる「くさる」状態がよく見られたものですが 彼は違います。いつも試合のたび雑用をこなしチームが戦いやすい環境作りに貢献しています。 そんな白鳥選手にも注目してみてくださいね。 その白鳥選手ですが、この神戸1戦目には八戸からお父さんが観戦に訪れておりました。 モノ凄い陽気な方で感心してしまいましたが、 なおかつスタッフに「寿」って書いた(?)リンゴを差し入れくださりホントに感謝でございます。 当然試合後は親子で食事でもするものと思い、「夕食一緒に食べるんでしょ」って聞いたら 「いえ、父親は試合後電車で九州の友人に会いに行くんです」 とのこと・・・。 一日に青森から九州まで電車で移動する人間を初めて見ました。 それではまた! 12月2日 第6話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 週末風邪でダウンしてしまったほんまでございます。 おかげで関東大学リーグ決勝などを観戦し損ねてしまいました・・・。 次はインカレということで1月まで学生の試合観戦はおあずけです。 さて韓国では2勝1敗1分けという成績でございました。 まだまだ不慣れな環境の中、負け越さず選手たちはよくやってくれたと思っています。 しかし、今回経費削減で日本居残りのほんまとしてはですね、 セルジオSDが帯同し、「私がリンクにすらいない」のだから4連勝は堅い、と踏んでたワケですよ。 ・・・冗談はともかく、アウエイでホントよくがんばりました。 次の神戸では2連勝といきたいものです。 今回の韓国遠征ではホテルが予想を大きく超える海の家ぶりで、 2泊目から急きょホテルを変更するという珍事が発生してビックリしました。 こういうのはアジアリーグ特有のトラブルだと思ってます。 逆境に強い選手たちは幸いあまり影響を受けませんでしたが、アレですね 今後はリーグオフィシャルホテル制度みたいなものをつくって各チーム遠征の心配事が減るような システムにしなくてはいけないと思いました。 某チームから北京でのレストラン情報を尋ねられたりと、どこのチームも海外遠征で苦労してるんですよ・・・。 それではまた。 11月26日 第5話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 現在八戸滞在中のほんまでございます。 先週末新横浜ではたくさんのみなさまにご観戦いただきまして ありがとうございました。 おかげさまで「セルジオSDがベンチ入りした日曜日の王子製紙戦」では勝利を収めることができました!! ・・・で、いまは八戸と。 八戸は覚悟してきたのですがそれほど寒くなくて拍子ぬけしてる最中です。 えー、なぜ八戸に来ているのかと申しますと、 まず12月15、16日に八戸南部山アイスアリーナにてアイスホッケースクールを行います。 プロクラブの日光アイスバックスではアイスホッケーの普及・啓蒙にも力を入れていきたいと思っています。 ですから、隙あらばあちこちでスクールなどを開催して各地のキッズたちと交流して アイスホッケーをさらに好きになってくれたらいいなぁ、とそう思っているわけです。 そして12月19日には西武プリンスラビッツ戦があります。 つまり、その両方のPRにやってきたわけですね。 正直に言いますと前者のスクールの応募状況が予想を下回っておりましてですね、 各所あいさつまわりにお邪魔して、スクール啓蒙活動がメインとなっております。 八戸市近郊のみなさん! ぜひスクールに参加してくださーい! 現役選手直接指導でスキルアップ致しましょう! 申込用紙はアイスバックス公式ページからダウンロードできますよー。 ってブログで呼びかけて集まって頂けるのならば八戸まで行くんじゃない。 という声が聞こえてきそうなのでこの辺でPRはやめときます・・・。 そういえば先週の新横浜では 土曜日に波多野選手が唇の裂傷、日曜日にはケビン選手が鼻を痛打して多量の出血。 がありましたが、あくまでわたくし個人の記憶というか感覚なのですが 過去新横浜の試合は出血が多いんですよね。 ホントにたまたまなんでしょうけど、予備ユニフォームの出動率が高いんです。 予備ユニフォームが出動することって年に何回もないのですが、 新横浜で出動する機会が多い。 いずれも両選手とも大事には至らずホッとひと安心でしたが。 ちなみにアイスホッケーでは出血の際、ユニフォームに血液が付いた状態で試合をしてはいけません。 なので、きれいなものに取り換えるんですよ。 で、血液のついたユニフォームは真水で洗い流すとわりとすぐきれいに落ちます。ぬるま湯より真水ですよ。 えっ? そんなの知ってる? 失礼しました。 それではまた! 11月18日 第4話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 北海道から帰ったばかりのほんまでございます。 対王子製紙2戦目、勝ちました! みなさんのおかげでございます。はるばる北海道まで応援に駆けつけてくださったみなさま、本当にありがとうございました。 もちろん、念を送ってくださったみなさまにも! しかし、アレですね、北海道寒いです・・。 特に旭川大雪アリーナ内の寒さは尋常じゃないですね。 瀬高選手が「試合をしていても寒さを感じる」とコメントしていましたが、 それって非常に稀なことです。 普通アイスリンクの控室では選手たちは汗ダクダクでヒーティング不要なのですが、 大雪アリーナではヒーターつけっぱなしでも選手から「暑いっす」という声はなかったですもんね・・・。 私はこの試合セルジオSDがどうしても都合で旭川入りできなかった関係で変わりに(?) ベンチに入ったのですが、久しぶりに「歯がガタガタする」状態を経験をしました。 単に薄着だったという話もありますが・・・・。 で、今日の苫小牧での王子製紙戦ですが 試合前には映画「スマイル」(12月15日公開)のプロモーションで陣内監督のトークショーがあり、 大変いい雰囲気でございました。その関係か、会場の王子スケートセンターも満員で ホーム王子製紙も気合十分。しかしもっと気合いが入っていたのはアイスバックスでした。 前日惜しい試合を落としているだけに伊勢監督も「今日は結果が必要」と勝利にこだわり、 もちろん誰よりも勝利に執念を燃やしていたのは選手たちでした。 セルジオSDからは「昨日はいい試合だった。しかし、もっといい試合をしなくては勝利はない!」と ゲキが飛び、「負けては日光に帰れない」ぐらいの雰囲気で試合に臨むことができました。 結果は粘りに粘って延長Vゴール勝ち、ということになりましたが 選手たちはとことん粘り、しつこく、とにかく食い下がって勝利を呼び込んだと思います。 今日は選手たちを褒めてやってください。 この1勝ですべて満足はもちろんできませんが、 これまで内容は悪くないが結果がついてこない、という展開で歯がゆい思いで応援下さった方も 多数いらっしゃると思いますが、 今日の勝利で何かが選手たちのなかに芽生えたようにも感じます。 これからのアイスバックスに期待してください! ・・・・でも、 「本間さんがベンチに入った旭川では負けて、セルジオさんがベンチに入った苫小牧では勝った」と わざわざ人のせいにするのはやめてくださいね。つちだくん。 それではまた! 11月14日 第3話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 タイトルバナーのジャギー修正待ちのほんまでございます。 すみません。ブログというのは「コメント」を頂けるんでしたね・・。 みなさんいろいろとコメントありがとうございます。 頑張りますので今後とも何卒よろしくお願いいたします。 というふうに下書きして続きを書こうと思ったら・・・ ジャガー横田、ちがった、ジャギーが直ってます。 つちだくん、遠隔操作で直してくれたんですね。ありがとう。 メンドくさいと胸に書いてありますが、 そう言いながらも作業してくれるところがつちだくんのいいところ。 では次回からはチーム情報やこれまでの活動などをご報告してまいりたいと思います。 それではまた! 11月11日 第2話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 本日栃木ブレックスさんの試合を観戦させていただいた本間でございます。 さて、2話目ですが、本間島について。 別に大きな理由はなかったのですが、アイスバックス立ち上げのころ ホームページにて「なにかチームの裏話とか報告とかできるコーナーあったほうがいいよね」 ということでスタッフ手記を書くことになりました。 それが本間島。 当時は毎日更新が目標です!などと大風呂敷を広げていたのですが 結果的には2.5日に1回くらいの更新でした・・・。 本間島という手記の題名ですが、 これは当時わたくしが「ハワイ島に行きたい」と思っていたため、 手記も「本間島」になった。 「も」、ってハワイ島には迷惑な話ですよね。 つまりあまり意味はないというお話です。 で、私も日光に戻りましてチームの活動報告やナニかをお伝えするために 本間島も復活させてみた訳なんです。が、 昔はHP内のコンテンツとしてあげていたのですが 近年ブログ形式、っていうのが主流らしいじゃないですか。 恐縮ですがわたくし最近のPC関連のことって全く疎くてですね、 どうやったらブログを立ち上げられるのか全然わからなかったんです。 で、ブログと言えば「土田英二」ですよね。 選手会ブログで有名な。この人PC系の知識や技術がすごいんですよ。 そうしたら「え?ブログも出来ないんですか?」みたいな感じで 冷めた対応されたんですが、「そこを何とか頼むよぉ」ということで やり方を教えてもらい今回の本間島ブログに辿り着いた、というわけでございます。 でもこのブログのタイトルバナー、なんか滲んでますよね。 これの直しかた、土田選手は知ってるのに教えてくれないんですよね・・・。 自分たちの選手会ブログのタイトルは奇麗なのに。 ちなみに土田選手と私は小・中・高と同じ学校です。 年は3つ違うので(私が上)中・高はかぶってませんが、小学校の時は つちだくん、ほんまくん、とくん付けで呼び合う仲でした。 なんの因果か彼はバックスに移籍し、私はバックスに戻り、 いまは一緒に仕事(?)するという関係にあり、人の人生ってのは それぞれわからないものですね。 だから つちだくん、昔のよしみでバナーの滲み直してね。 それではまた・・・・・。 11月4日 第1話みなさんこんにちは。またはこんばんは。 5年ぶりに戻ってまいりまして、本間島も復活させてみました。
「ほんま?」「本間島?」と疑問をお持ちになる方も当然大勢いらっしゃると思いますので、 わたくし「ほんま」と「本間島」について簡単にご説明差し上げ、 これからこの本間島ブログを楽しんでいただければ幸いと存じます。
そもそも私ほんまは古河電工アイスホッケー部の出身、 現役はたったの2年、その後古河電工アイスホッケー部のアシスタントマネージャーに。 スカウト担当などを経て4年目(だったと思います)、アシスタントマネージャーからアシスタントが取れて 「よーしっ」と思っていたその矢先、アレが来ました。 アレとは1999年の古河電工アイスホッケー部の廃部です。
うわーっていう感じでしたがいろいろあって「実業団」から「クラブ」への 変貌を目論み、多少古河電工さんから睨まれつつ、しかし多大なバックアップを受け、 そして皆様熱狂的なファンの方々、理解あるスポンサーさまのお力で なんとか「HC日光アイスバックス」の立ち上げに成功しました。
ちなみに「HC日光アイスバックス」は「ホッケークラブ日光アイスバックス」 のことですが、 なぜアイスバックスというチーム名になったのか?
クラブ化するにあたり、当初チーム名は「HC日光バックス」とする予定でした。 実業団からクラブへ移行し、親会社なしでチームを運営するには クラブ会員収入、スポンサー収入、興行収入、グッズなど周辺収入でクラブ運営費を まかなわなくてはいけない、欧米のクラブにならって不慣れな(当時国内に このような事例はほとんどありませんでした)運営を素人軍団で行わなくてはいけませんでした。 前述の収入項目はどれもとっても大切で、付け焼刃でしたがさまざま勉強していく中で、 グッズで収入を得るには商標登録なるものをしなくてはならず、 当然「日光バックス」で主に衣類にて登録しようとしました。 すると「NBAのなんとかバックスがすでに日本国内で登録済みのためNG」と なってしまったのです…。 「ええーっ! NG?・・・」
かなりゲッソリとしたものの、日光には冬になるとたくましい牡鹿が現れ、 どうにもこうにもそのイメージを活かしたい。という思いが強かったため (実は古河が廃部にならなければ2000年シーズンから古河バックスという愛称にしようというアイディアがありました。 実際いまもFURUKAWA BUCKSというロゴの入ったパックなど試作グッズが現存しております)、 「バックス」は残したい。しかし使えない。でもチーム登録の期限もあり急いでチーム名を決めなくてはいけない。 で、どうしたかというと いまもチームイクイップメントであるアメリカ人、今市のグレートスケートジャパンオーナー、 キースオドンネル氏に尋ねました。ちょっとカタカナ多いですね。 「ワイルドバックスはどう?」 「ちょっと暴れ鹿という感じで英語的にあんまりよくない」 「じゃ、氷上の牡鹿という意味でアイスバックスは?」 「まあ、悪くない」 ではそれで。
チームカラー(オレンジ・白・黒)。 やっとチーム名が決まりましたが、次にユニフォームを確保しなくてはいけません。 チーム登録の期限もやっかいでしたが、 試合するためのユニフォームの確保もやっかいでした。とにかく古河電工から 日光アイスバックスへの移行に時間がなかったため、なにもかにもバタバタだったのです。 これもキース氏とのやりとりですが、 「選手全員分揃うユニフォームありますか? できれば古河のイメージを踏襲して 赤・黄色・白、NHLでいうとカルガリーフレームスみたいのがいいのですが」 「サイズが揃わない。難しいです」 「では時間がないので、なんでもいいです」 「ではフィラデルフィアフライヤーズモデル(オレンジ・白・黒)ならば何とか・・・」 ではそれで。
なんだか当時のバタバタを暴露しているみたいですが、 日本初のプロアイスホッケークラブ「HC日光アイスバックス」はこうして スタートしたのです。 いや、「こうして」っていうほどすべてを説明しておりませんね・・・。
まあ、アノ、このように話が飛んでしまいましたが、 古河電工マネージャーから日光アイスバックスのマネージャーを3年つとめ、 5年間は某広告代理店でスポーツ関連の仕事をさせていただき、 縁あって戻ってまいりましたのがほんまでございます。
今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。 少し長くなってしまったので「本間島」については次回、ご説明させていだたきたいと思います。
え? 読みたくない?
いえいえそんなこと思わずに、ぜひぜひ、ご愛読下さい。 せめて2話目までは読んでください・・・。
それではまた。
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