| 本間島's profileスタッフ手記 本間島(ほんまとー)とかBlog | Help |
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July 15 第28話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 暑いですね。 シャツの襟が汚れてしかたありません・・。 さて昨日より氷上練習が始まりました。 早朝からご観覧頂いた皆さま、ありがとうございました! 早いもので、もうシーズンインです。 今期伊勢監督の意気込みはかなりのもので、 陸トレ、氷上と例年にないスタートから厳しい内容になっております。 監督の気持ちとしては出入りの少ない、やっとある程度固定されたメンバーで シーズンを迎えられるということで、つまり「チャンス」と考えているわけです。 バックスホッケーをよく理解したメンバーで戦うシーズンを楽しみにしているわけです。 様々な問題をクリアして、今期はなんとか外国人選手を確保したいと目論んでいますし、 何と言ってもみなさんに期待されるシーズンにしたいと強く考えております。 話題を変えますが、 17日に那須のアウトレットがオープン致します。 そのアウトレットのあるショップでアイスバックスの選手が店員としてお手伝いすることになりました。 詳しくは本体のHPでお知らせいたします。 買い物に出かけたら「アレ?現役選手?」となりますのでコレはお楽しみに! でございます。 それではまた! July 14 第27話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 暑いですね・・・。 そんな暑い中、日曜日歌舞伎町のスポーツカフェ6でのイベントに参戦頂いたみなさま、 まことにありがとうございました。 さて、いまテレビで「深イイ話」というのを観てました。 学校スペシャルみたいな内容でしたが、それで急に思いだした事があります。 事っていうか先生そのものなんですが、中学2、3年生のときの担任です。K先生としておきましょう。 見た目は個性的、とは言え私の文章力では表現できないので省きますが、 なんかこう、行動としてはいわゆるクラスに必ずいる不良に対して非常に厳しい人でした。 当時私はクラス委員でして、求められてないのに説明しますと小学校3年生から高校卒業までクラス委員だったという 記録?も持っております。 なぜずーーっとクラス委員だったかと言うと 大概(当時の苫小牧では)クラスでの委員を決める際に学級会みたいな時間があり、ナニナニ委員はダレダレ、 ナニナニ委員はダレダレ、というような方向で委員を決めていくという方向でした。 これは小学校から高校までほとんど変わりません。委員決めは基本的に大した問題はないはずなのですが 面倒なのはクラス委員で、責任があるというイメージからか立候補する人はまずいませんで、 推薦するにも後から恨まれるみたいな遠慮もあり難航します。 しかし、一方で「学級会」はスムーズに委員がすべて決まると残りの時間が自由時間になる、という法則があり それに気付いた私はある作戦に出ることにします。小学3年生のときにコレに気づき、ズバリ自由時間が欲しいからですが、 クラス委員選出のタイミングが来るまでジーっと待ち、その「時」が来た瞬間「立候補」して「選任され」る。 一番厄介になりがちな「クラス委員選出」の時間を短縮するということで 自由時間を頂戴する(実際には頂戴しても10分くらいですかね)。 これはイイ!俺がクラス委員になればみんな自由だ!女子は指名するゼ。 ということでコレを高校卒業まで続けました。 バカですね・・。 それはどうでもいいのですが、 その担任ですよ。 中学3年の時ですが、クラスにどうにもこうにも学校サボったり先生に噛みついたりする不良がいて みなさん手を焼いておりました。 私の担任は絶対にそのコ(Aさんとしましょう)に対して諦めません。 ある日Aさんが授業をサボってどこかの喫茶店で焼きそばを食っていた時 (いやいや、今だから「焼きそば食ってた」とわかるだけのことですが)ことです。 他の先生の授業時間にソノ担任が教室に飛び込んで来ました。 「ほんま! Aがサボってるから一緒に探しにいくゾ!」 とのこと。 私的には「ええーーーっ??」ですよ。 「はぁぁ??」とか言うと 「お前クラス委員なんだから責任あるだろぉっ!コラ!」てな感じですよ。 授業ぶっ飛ばしてAさん探し??「いやいやボクは自由時間欲しさにクラス委員に・・・」なんてのは関係ないです。 無理やり連れ出されて街中走りまわって探しましたよ、Aさん。苫小牧市音羽町というところの喫茶店で焼きそば食ってるところを発見。 担任と3人で学校帰りましてですね、 「ほんま、授業戻れ。Aは職員室だ!」てな調子です。ポッカーンですよ・・。 その他にはクラス委員には(この場合私の指名した)女子もいらっしゃいます。 翌日の学級会用の資料作りに居残りさせられるんですよ、二人で。 当時私は一応アイスホッケー部のキャプテンでして、それにも関わらず 「今日は部活休んで学校残って仕事しろ」とか言うんですよね・・・。 考えられませんよ、当時。 職員室の空いている机で作業しているうちに夜になり、出前のラーメン取るんですよね。「しょうゆでいいか?」とか言いながら。 それで「家には電話しといたから食ってから帰れっ」っつって女子のクラス委員と職員室でラーメン食って帰る。 「先生・・・。こういうの珍しくないですか?」です。 そのK先生、卒業式の日に驚愕の真実を告白してくれました。 「俺の母親は娼婦だった。毎晩違う男の人が家に来ていた。オレはそれが辛くて悲しくて仕方なかった」 というような内容です。 「家庭にはいろんな事情があるし、自分自身に悩みも苦しみをあるだろう。人にはいろんな人生がある。 もともとついてくる環境もあるし、これから遭遇する環境もある。負けるな、自分に起こりうる、そして実際に起こる環境に決して言い訳するな」 という、中学校の卒業式にはちょっと難しい、その当時は意味が少しわからなかった、 でも忘れられない衝撃の「おくることば」で、今はよくわかる話と思っています。 率直に「担任K先生でよかったなぁ」と思ってる、って話なんですがね。 アイスバックスには関係ない話って? では無理やり関連付けますと、Aさんのご実家は土田くんと同じ町内でございました。 とさ・・・・。無論土田くんにもまったく関係のない第27話ですよ。 でもそれにしてもちょっと面白い先生と思いませんか? それではまた! July 10 第26話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 すみません、ヘルニア発症からあんまり元気がなくて 更新が完全に止まっておりました。 申し訳ございません。 最近は少し腰の調子も良くなりまして、開幕に向けてちょくちょく更新してまいりたいと思います。 さて、炎の10番勝負も「其の弐」の内容が決まったようです。 近々内容が明かされることと思いますので、みなさんお楽しみに! 其の壱では岡本選手の圧勝でしたね。さすが稼業です。 尾野選手はどこまで本気で逆漕ぎだったのか未だ私には理解出来ておりません・・。 その昔私の父はかなり若いころ洞爺湖のボート貸し業で働いていたことがあったらしく、 そのせいで幼少のころはよく洞爺湖に遊びに行き、ボート漕ぎの特訓を受けていました。 私の父は昭和ひとけた生まれで、一応スポーツマンだったということもあり、 なんというかうまく伝えられないのですが、身体を動かすことに関しては非常に厳しいところがあります。 ふつう、湖で手漕ぎボート乗る、というのは「完全に遊び」と私自身は思うのですが、 かなりスムーズに漕げるようになるまで相当厳しく指導されました。 「オールを誤って一本落とした場合はこう」などと、なんつーかサバイバル術のような 技まで伝授され後半はボート遊びが楽しいんだかなんだかわからなくなったのを思い出します。 別件では家族でボーリングに行ったとき、兄弟でキャッキャ言いながら普通にやっていたら 「真剣にやれ!」と本気で怒られたこともあります・・。 どうにもスポーツと遊びの境目のない父親ですが、 今回尾野選手の漕ぎ方見ていたとしたら 怒ってただろうなぁ・・・。関係ないくせに。 という他人にはまったく関係のない感想をもった「其の壱」でございました。 それではまた! May 21 第25話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 前回スケートリンクのお話をさせて頂きましたが、 先週スペイン製の人口スケートリンクの展示会(?)のようなものがありましたね。 日光からつちだくんと村井選手が様子を見に行って参りました。 かなりいいモノのようですね。 こういうものがあるとデモだとか、簡単な教室などが開けて 普及活動にとても良い! と思ってしまいました。 これって結構昔からあるのですが、 昔はスケートは滑れるけどパックが滑らない、とか ストップすると削れる、などの欠点があったものですが、 その辺はかなりクリアされているようです。 お金があれば買いたいのですが・・・・。 さて、私半年くらい前から調子悪いなぁ と思っていた腰が先週爆発してしまいまして ヘルニア発症してしまいました。 しばらくは外に出られず自宅勤務でございます・・・。 忙しい時期に参っております。 参ったなぁと思いながらテレビ見てたら「ナルニア国物語」放送してました。 似てるなぁ。 ・・・・さて、これから2008年のシーズンに向かっておるワケですが アイスバックスは10周年を迎えるシーズンということで 出来る限り皆さんに楽しんでいただけるようにできることをコツコツがんばって行きたいと 思っております。 つちだくん隊長のスタジャン、これはもう記念ですよ。 記念だからいいお値段で売れるだろう などというイヤラしいものではございません! まず、モノがいいです。そしてこだわりのデザイン。 ちゃんとしたスタジャンとしてお値段は平均的なところとなっております。 上を見ればキリがない世界ではありますので、 クオリティとデザインのバランスが非常に良いと思っております。 BEAMS様のご協力のおかげで・・。 そして2008年モノのグッズですね。 これはすべて村井選手が隊長です。 タリーズコーヒー・ロブレ小山店でのイベントで第一弾がデビューしてますが なかなか好評でございます。 これから10周年記念ものなどもう二度とご購入いただけないものも どんどん登場してまいります。 今後は通販なども可能にしてまいりますので みなさんぜひご利用くださいね! そしてイベントごとなど、上記の2案件のように今年は選手がリーダーとなって 行うことがらがどんどん増えてまいります。 みなさんとたくさんの思い出が作れれば、と考えております。 これからもよろしくお願い致します。 それではまた! May 07 第24話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 スモークサーモン好きの本間です。 ・・・えー、っと。 最近ニュースで見たのですが、 フィギュアスケートの選手たち(しかも一流)が アイスリンクの存続を訴える会見開かれてましたね。 チラっとしか見てないので詳しいことはわかりませんが、関西方面のリンク閉鎖が続いており、 それに危機感をおぼえた日本を代表するスケーターたちが立ち上がり存続を訴えた、 というような内容だったと思います。 全力で応援します。 私が全力で応援しますと宣言しても何の効力もありませんが、 スケートを生業とするものにとって アイスリンクは大切です。あたりまえですが・・。 たとえば日光の霧降アイスアリーナが閉鎖と言われたら アイスバックスは「日光アイスバックス」としては解散です。 フィギュアスケーターの皆さんが地元のアイスリンクが閉鎖になった場合、 活動の場が失われ、フィギュアをあきらめなくてはいけなくなるでしょう。 だからスケーターの人口も減る。 国際的に通用するスケーターも同時に減少していくでしょう。 確かにアイスリンクの維持は大変コストのかかるもの、と聞いています。 人工の氷を張る電気代が特に高いそうです。 昔古河電工リンクが閉鎖になる際、 アイスバックスに払い下げていただき、管理運営できないか検討したことがありました。 フィギュア、アイスホッケー、ショートトラック、そして一般滑走やスケート教室など、それぞれが 毎日ビッシリと埋まらないことには運営は難しいという判断であきらめました。 だからリンク維持の問題はよく理解できます。 だから何かいい方法はないですかね? まったく新規で考えた場合、ショッピングモールなどに併設されているのが最高と思います。 買い物や食事に来たお客さんが「ついで」にフィギュアイベントやアイスホッケーの試合を観る。 現状の施設は全国どこでもそうだと思いますがあまりにも「独立」したエリアに 存在するのが事実と思います。 これはアイスリンクに限らずスポーツ施設は「空いた土地」に「何かを」と 建設されたモノが多いように感じられ、 地域住民が「わざわざ」出かけて観るのがスポーツ、というある種メンドくさいイメージが 定着しているような気がします・・・。 私は個人的に「ついで」っていうのが悪いものじゃないと思っていて、 食事も買い物もエンタテイメントも一ヶ所で楽しめるエリアって人を楽しくさせるのではないか と常々妄想しています。 だから栃木県に ショッピングモールと、サッカー場と、複合室内競技場(バスケットコート、アイスリンクが両方使える。アメリカとかでは普通にありますよね) が併設されたエンタメ施設をつくることはできないかなぁ、 そういうふうに常々妄想しています。 それではまた! 第24話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 スモークサーモン好きの本間です。 ・・・えー、っと。 最近ニュースで見たのですが、 フィギュアスケートの選手たち(しかも一流)が アイスリンクの存続を訴える会見開かれてましたね。 チラっとしか見てないので詳しいことはわかりませんが、関西方面のリンク閉鎖が続いており、 それに危機感をおぼえた日本を代表するスケーターたちが立ち上がり存続を訴えた、 というような内容だったと思います。 全力で応援します。 私が全力で応援しますと宣言しても何の効力もありませんが、 スケートを生業とするものにとって アイスリンクは大切です。あたりまえですが・・。 たとえば日光の霧降アイスアリーナが閉鎖と言われたら アイスバックスは「日光アイスバックス」としては解散です。 フィギュアスケーターの皆さんが地元のアイスリンクが閉鎖になった場合、 活動の場が失われ、フィギュアをあきらめなくてはいけなくなるでしょう。 だからスケーターの人口も減る。 国際的に通用するスケーターも同時に減少していくでしょう。 確かにアイスリンクの維持は大変コストのかかるもの、と聞いています。 人工の氷を張る電気代が特に高いそうです。 昔古河電工リンクが閉鎖になる際、 アイスバックスに払い下げていただき、管理運営できないか検討したことがありました。 フィギュア、アイスホッケー、ショートトラック、そして一般滑走やスケート教室など、それぞれが 毎日ビッシリと埋まらないことには運営は難しいという判断であきらめました。 だからリンク維持の問題はよく理解できます。 だから何かいい方法はないですかね? まったく新規で考えた場合、ショッピングモールなどに併設されているのが最高と思います。 買い物や食事に来たお客さんが「ついで」にフィギュアイベントやアイスホッケーの試合を観る。 現状の施設は全国どこでもそうだと思いますがあまりにも「独立」したエリアに 存在するのが事実と思います。 これはアイスリンクに限らずスポーツ施設は「空いた土地」に「何かを」と 建設されたモノが多いように感じられ、 地域住民が「わざわざ」出かけて観るのがスポーツ、というある種メンドくさいイメージが 定着しているような気がします・・・。 私は個人的に「ついで」っていうのが悪いものじゃないと思っていて、 食事も買い物もエンタテイメントも一ヶ所で楽しめるエリアって人を楽しくさせるのではないか と常々妄想しています。 だから栃木県に ショッピングモールと、サッカー場と、複合室内競技場(バスケットコート、アイスリンクが両方使える。アメリカとかでは普通にありますよね) が併設されたエンタメ施設をつくることはできないかなぁ、 そういうふうに常々妄想しています。 それではまた! May 04 第23話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 けっこう暑くないですか? さて、昨日「Rough Shot」 というDVDを観ました。 たしか原題は「Hockey Mam」だったと思いますが(違ったらすみません)、 女性のアイスホッケーチームのお話です。 日本ではDVDのみの展開であまり世に知られてませんが、 たしか発売は「スマイル」の公開とやや同じ時期だったと思います。 そう考えると2007年度はホッケーモノのムービーが2本もあった貴重な年なのですね。 観てみよう、観てみようと思いつつ、失礼なことにすっかりその存在を忘れていたのですが、 たまたまレンタル屋さんで発見したので「おっ!」と思い借りてみました。 どうですか? ありますか? レンタル屋さんで「おっ!」と思うこと。 何気に感動しました。 なかなかいい映画です。 みなさんもレンタル屋さんで見つけたら「おっ!」と思いながら借りてみてくださいね。 いや、もしこれを読んでからレンタル屋さんに行って発見した方は 「あっ!」 ですかね・・・。 それではまた! May 01 第22話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 資金繰りやなんやかんやで疲労困憊中のほんまでございます。 みなさんGWはどのようにお過ごしですか? さて、今日もたわいのない話を。 本日ある打ち合わせでBEAMSさんにお邪魔しておりました。つちだくんと。 打ち合わせの結果についてはつちだくんから詳しくみなさんにご報告があると思いますので それはそれでお楽しみにして頂きたく存じます。 BEAMSさんにお邪魔したついで、と言ってはなんですが、 私の愛用ビジネスバッグが最近妙にクタってまいりましたので、 「クタって」って方言ですかね? つまり痛みがハゲしくなってきたということです。 まあいいや。 そろそろ買い換えようかなぁ ということで代わりの品を物色してみました。 どうでもいい説明ですが5年間のサラリーマン生活のおかげで いくばくかの貯金はあるのでストレス解消にチョコチョコ買い物します。 で、やっぱり洋服や小物を購入する際にはお世話になっておりますBEAMSさんで、 と決めております。90%くらいは。 で、さまざま魅力的なバッグを前にどれがいいかな? とチョイスに入りつつ ふと思いました。 今使用中のバッグは「13年目」だと。 25歳で古河電工アイスホッケー部のアシスタントマネージャになった際に 書類とか入れるバッグ必要だな、と思い確か新宿のBEAMSさんで購入したものです。 BEAMSさんオリジナルのナイロンバッグ。 いま私は38歳になるので単純に13年目。 古河→バックス立ち上げ→バックスでの3年間→広告代理店5年間→いま 選手引退して社会人的な生活すべてこのバッグと一緒かいな、と思うと 「後継者」選びも少し考えてしまいます。 いや、実際実務の後継者もすぐ欲しいのが現実ですがそれはともかく。 バッグひとつとってもBEAMSさんには当たり前のように魅力的な商品が並んでおり、 その中に「真の後継者」もいます。 オリジナルナイロンバッグのいまバージョンですね。 後継者選びとしては正当な血筋ですが、気分転換もしたい。 たいへん迷った挙句今日のところは保留して帰ってまりました。 長年連れ添った相棒を切り替えるのは一筋縄ではいきませんね・・・・。 いやぁ、冷静に考えると13年使用した実用品って一つもないです。 振り返るとこやつとチェコプラハクラドノ、カナダバンクーバーカルガリートロントも行った、アメリカロスハワイも行った、 イギリスマンチェスターではスーツケースなくなってこやつにあらゆるもの詰め込んで歩いた、 古河の新人選手の履歴書入れて歩いた、アイスバックスの初めてのセールスシート入れて歩いた、 初めてのスポンサー契約書入れて歩いた、初めてのファンクラブ会員申込書入れて歩いた・・・ 日本のアイスホッケーの初めてを入れて歩いた。 思い出ってつまりますね。 後継者大切ですね。 それではまた! April 08 第21話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 歳をとってキーの打ち間違いが多発して困っている本間です。 先日香川遠征に帯同してまいりました。 サーパスさんとは7対4の試合、「アウエイ」にたくさんのサポーターが応援に来ていただいて 真面目に「ありがたい」と思いました。 ありがとうございます。 香川と言えばうどんですが、つちだくんは「うどん」という映画を映画館で観たそうです。 そのつちだくんが推薦するうどんを空港で購入しましたが、 普通でした。やっぱり香川に住んでいたことのある波多野くん推奨のうどんを購入すべきでした。 ちなみに波多野くんも同じ小学校の後輩なんですよ。もちろん重なってませんけど。 香川と言えば昔「JOC杯」というリーグ戦がありまして、 それは日本リーグの終了後に行われる若手育成みたいな意味合いの大会だったんです。 ホッケーの盛んでない土地を巡って若手中心で試合をするものだったんですが、 毎年「高松」のスケートリンク(いまはない)でも行われておりました。 その当時古河電工に「高松さん」という日光出身の選手がおりまして、 なぜか特に活躍しなくても特別賞をもらってたんですよね。 名字が「高松」だからだそうです。 名字が変わらない限り一生もらえるのかな?特別賞。と疑念を持ったことを思い出します。 ・・・・・。 下の写真は空港で若者に絡むおじさんを見つけたので 何となくシャッターを押したモノです。 川口くんはいま自動車学校に通っていて、免許取得に一生懸命です。 それではまた! 第20話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 突風で傘がブチ折れたら家族も傘がブチ折れていたほんまです。 みなさんはブチ折れましたか? ついでに本日傘がブチ折れて取っ手の部分だけ持って歩いている中学生を見ました。 えー・・・。 記念すべき第20話ということで、 事務所キレイにしたぞ記念写真をお送りいたします。 それではまた! 第19話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 突風で傘が真逆にブチ折れた本間でございます。 そのあと車に乗ったらラジオで「今日は傘が役に立たないでしょう」とのこと・・・。 確かに。 さて、本日はミーティングを行いました。 内容は主に「営業」。 選手を5グループにチーム分けして、各担当を持たせます。 たとえばチーム1はどことどことどことどことどこ。 チーム2はドコとドコとドコとドコ。 どっちが読みやすいですか? カタカナ? まあつまりお得意様に関して新規・既存をそれぞれ振り分け チーム毎に営業にまわるのです。 どこかで営業中の選手を見かけたら気軽に声をかけてあげて下さいませ。 よろしくお願い致します! それと「こういうところに営業へお伺いしてみたら?」などの意見がございましたら どしどしご連絡下さい。重ねてお願い申し上げます。 下記はチーム毎作戦を練っている様子でございます。 March 10 第18話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 花粉症が本格的に発症すると、こんなにキツいのか! と実感中の本間でございます。 昨日のファン感謝デー、たくさんのご来場まことにありがとうございました。 なんとなーく振り返ってみるとその昔、日本リーグ時代にはファン感謝デーというものは アイスホッケー界になくて、確か古河電工時代に日本リーグで4位になったシーズン(13年くらい前?)に 始めたのが最初だったと思います。 第1回は懐かしの古河電工リンクでしたが、試合時と同じくらいのお客さんが集まったことに驚いた記憶があります。 懐かしんでごまかすつもりはないんですよ・・・。 今シーズンもアイスバックスを卒業し、別の世界へ旅立っていく選手たちがいます。 佐藤選手、白鳥選手、小野選手、瀬口選手、有澤選手、ケビン木村選手。 この中のほとんどの選手は日本リーグからアジアリーグへの移り変わり、 そしてアイスバックスの最も厳しい時期を経験した、 日本のアイスホッケー界にとってとても貴重な選手たちです。 昨日のファン感謝デーでのさよなら試合30分一本勝負では残り10分を切ったところで それぞれが自身のルーツであるチームのユニフォームを着て登場しました。 例えば白鳥選手の雪印時代。小野選手の西武時代。 古河電工のスタッフ時代に敵として彼らを見ていた私としては 彼らにボコボコにやられていたその頃の記憶が急激に蘇り、「にくたらしぃ~」という、どう考えても失礼な、 その場にいた誰もが感じないであろう、思ってもいない自分でも予想外の率直な感想。 ・・・。ですが、その彼らはアイスホッケーそのものを諦めず、アイスバックスへ籍を置いて 闘い続けました。アイスバックスのために・・・。 そして最後の氷上でのあいさつで彼らは言いました。 「感謝しています」「ありがとう」 ただそれだけ。 引き続きアイスバックスの経営状態は厳しく、彼らにとっても、残る選手たちにとっても 決して満足できる環境ではありません。いや、むしろ不満でしょう。 それなのに「感謝しています」 と、それだけを熱心に伝えようとする彼ら。 私はひさしぶりにアイスホッケー界に戻ったせいもあり、 なんとも言えませんが、彼らのようなコメントをしようと必死な選手を見たことがない気がしています。 私はチーム内において戦力外を伝えたり、引退をしたい選手にたいしてそれを認めたりする立場です。 選手は可能性があればホッケーを続けたいに決まっています。 それを断ち切ることもあります。 スカウティングで人の人生を捻じ曲げることもあります。 自分はなんのために生きているのか考えてしまうことがあります。 ホッケー選手は現役中に一生暮らせるようなお金は稼げません。 私は人の人生を右や左に動かすような権利や実力もないにもかかわらずそういうことをします。 彼らは恨みつらみを言いません。 そしていま、未来への希望を持っています。 そして少しの悔しさをチームに残しています。 その悔しさはずっとチームに魂として残ります。 残った人間たちでその悔しさを晴らさなくてはいけません。 彼らが誇りを持って「日光アイスバックスのOBだ」と言えるようにしなくてはいけません。 少し恥ずかしい表現で恐縮です。 私たち日光アイスバックスは立ち上げ時からずっとそうですが 氷という名の海をさまよう海賊みたいなものです。 いきなり敵が襲ってきたり、船に穴があいたり・・・。 いつも自分たちの居場所を探して、安定した陸地を探してさまよい続ける。 さまよう中で様々な人がアイスバックスを通り過ぎて行きます。 今年チームを去る彼らはその中でも重要な、とても大切な時期を現役として過ごした 選手たちだと思っています。 これからのシーズンを過ごす選手たちは彼らの人間力の高さから何を学んで、何を残していくのか。 そして私は彼らの功績に傷をつけないよう、チーム力向上、経営の安定のために努めなくてはいけません。 次のシーズンのアイスバックスを楽しみにしてください。 次のシーズン、アイスバックスは10年目を迎えます。 私や伊勢監督や村井選手や三田選手が直面した古河電工アイスホッケー部の廃部から10年、 当時は300近い(あらゆる競技の)実業団チームが廃部になった大変な時代でした。 その中の生き残りとして10年を迎えるクラブは日本にほとんどないはずです。 10周年を超えたら古河電工アイスホッケー部創立から数えて100年を迎えるのも もう目の前です。 日本で最初に100周年を迎える可能性のある唯一のアイスホッケークラブ、HC日光アイスバックスへの ご声援、これからも何卒よろしくお願い致します。 それではまた! February 23 第17話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 花粉症とシーズン終了の虚脱感で体長最悪のほんまでございます・・・。 先週の金曜日に前職の後任かさはらくんから電話があり、 「東京マラソン走るんですよ~」とのこと。 「あっそう・・・」 今週月曜日に電話があり、「体ボロボロです~」とのこと。 「あっそう・・・」 今週火曜日に電話があり、「木曜からハワイ出張です~」(かさはらくんは私が前職で担当していた宮里藍さんについても後任であり、 ハワイでのフィールズオープンに出場する宮里プロの何らかのケアで出張するらしい)とのこと。 「あっそう・・・」 「東京マラソンでボロボロなので18ホールついてまわれるか不安です~」 「42.195キロ走れるなら、18ホール歩くのはそんなに難しくないのでないの? とにかく現地に着いたらよろしく伝えて。 それからミシェルウィーにもよろしく言っといて(カシオワールドオープンでの来日を2回担当してたので)」 「ハイ~」 私は宮里プロからは「もんきち」 ミシェルウィーからは「おさるさん」と呼ばれてました。 ミシェルウィー御一行様をカラオケに連れて行った際に興奮したミシェルが 「日本で一番好きなおさるさーーーん!!」(ミシェルはわりと日本語が堪能)と叫んでましたが、 まさか2番目に好きなおさるさんは本物の猿じゃないだろうな・・・。とけっこう本気で疑問に思った事が懐かしいです。 そんなにサル顔ですか? ・・・。 いや、話をごまかすつもりはないのです。 残念ながらシーズンが終わってしまいました。 みなさんからたくさんのご声援をいただいていたのですが、昨年の成績を上回ることができませんでした。 わたくしどもの来シーズンへ向けての活動はすでにスタートしています。 旧体制から新体制へ移行した07年度、手探りでのシーズンが終わり本当のスタートが2月20日王子製紙に敗戦した瞬間だと思っています。 2007年度シーズンのご声援まことにありがとうございました。 必ず良いチームにします。 来期も変わらぬご声援賜りたく、心よりお願い申し上げます。 February 18 第16話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 昨日プレーオフ第2戦が終わり、 残念ながら敗戦でした。 幸いに20日地元で第3戦があります。 これは大変面白い内容になることでしょう。 対王子製紙戦は1戦目2点差、2戦目は1点差。3戦目は? 引き分けはありませんから、非常に楽しみです。 展開としては5戦目までもつれ込むしかないわけですから その5戦目は再度苫小牧。 2戦目のあとに苫小牧を後にして日光へ戻りましたが 「どうせまた来るからスーツケース、ホテルに預けて帰ろうかな」と 真剣に悩んだ本間でした。 でもその某ホテル。 「地元王子製紙勝利!」 とロビーに看板出して売店で特売やってるのにはドン引きしました。 だって僕らなけなしのお金でそのホテルに泊ってる一応「お客さん」ですから。 気持はわかりますが。 だから預けて帰るのはやめました。 それではまた! February 17 第15話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 本日プレーオフのファーストラウンド第1戦が終わりました。 残念ながら2-4で敗戦。 仕方ありませんが、明日またやってみるしかありません。 今日は千歳空港付近の天候が悪く、わざわざ関東方面から応援にかけつけてくれようとした方の 一部が試合に間に合わない、もしくは東京羽田に引き返さざるを得なく、会場入りできないという事態が 発生しました。不運としか言いようがなく大変残念な一日でした。 しかし、明日(厳密には本日)2戦目は今日間に合わなかった方々も揃い、念を送ってくださっている皆さんも含め フルメンバーでの試合です。本当のアイスバックスとして戦えるわけですから、違う内容の試合になることでしょう。 私たちはときどきボロボロになります。 経営が思うようにいかない。試合がうまくいかない。批判を受ける。 信じてきたものを失いそうな不安、自己嫌悪。 どうしてもそれを吹き飛ばしたい、頭だけではそれができない。辛い時間がたくさんあります。 解決方法はただ一つ。勝つことです。 それだけが私たちに明日への希望を与えます。 2戦目はきっと違う内容の試合になるでしょう。 それだけを信じて、明日(厳密には本日)はフルメンバーで戦えます。なんと幸せなこと! それではまた! February 15 第14話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 全日本選手権が終わり、いよいよ明日からプレーオフファーストラウンドです。 いまは空港で千歳行きの飛行機を待っているところ。 花粉症がひどくて体長悪いですが、 北海道に入ればそんなものはどこかに吹っ飛ぶことでしょう。 選手のコンディションは上々。プレーオフはこれまでとは全然違う戦いになること必至ですから 内容はほぼ気持の問題による、ということになるでしょう。 シーズン中には浮き沈みもあり、経営自体もまだまだまだ万全とは言えません。 しかしアイスバックスの選手たちは恨みつらみを言わずここまでやってきました。 シーズンも本当に終盤になり、氷に立つ回数もわずかになりました。 プレーオフでどのような展開をみせるか、みなさん是非アイスバックスを応援してください! よろしくお願い致します。 それではまた。 January 27 第13話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 しばらく更新が滞ってしまいました。すみません・・・ さて本日をもってレギュラーリーグを終了いたしました。 取りあえずのけじめではありますが、皆様に支えられここまでは辿り着きました。 本当にありがとうございます。 これから全日本選手権、プレーオフファーストラウンドとシーズン終盤の大切な戦いが始まるわけですが 伊勢監督を中心にチームの調整を万全とし、いいご報告となりますよう頑張りますので 今後とも何卒よろしくお願いいたします。 さて、まったく関係ありませんが本日東伏見での試合には ガチャピンさんがいらしてましたね。 たまたま出番前のガチャピンさんが控えているところを拝見したのですが、 なんですか、なんというかアレですよね。 これまで様々な着ぐるみを見てまいりましたが、なんですか、あのオーラは。 芸暦ウン十年のベテラン、大御所、控室絶対別。他の出演者と絶対混じらない、みたいな感じのある種 重みがありましたね。修羅場くぐってるなぁ・・みたいな。 これまでどんな著名人が目の前にいても絶対に言わなかったあのセリフが生まれて初めて口から出そうになりました。 「一緒に写真撮ってください」 一生懸命我慢しましたけど・・・。 それではまた。 January 03 第12話 みなさんこにちは。またはこんばんは。 昨年の最終戦後の祝勝忘年会のさらにその後、 毎月恒例の「誕生会」を行いました。 セルジオ越後SD発案で始まったこの誕生会は毎月行っておりまして、 今月は地元出身の岡本選手のみ。 一人ということでこの満面の笑み! でも、いつも問題があってケーキをカットするナイフを忘れるんですよね・・。 何個買ったことか。 それではまた! January 02 第11話 みなさん、新年明けましておめでとうございます。またはこんにちは。またはこんばんは。 旧年中は大変お世話になりました。 本年も何卒よろしくお願い申し上げます。 さて、アイスバックスは本日から練習開始致しました。 私は「初滑り」しようと思いまして、選手たちに混じってひっさびさに氷に乗ってみたのですが、 これがもう、足首がグニャグニャして怖いのなんの・・・。 やっぱりスケートは慣れが重要ですね・・・。 年末のクレインズ2連戦が終了し、今週末は王子製紙戦でございます。 かなり白熱した試合が予想されますが、アイスバックスは準備万端 期待してください! *(過去地元でクレインズ2連勝の実績がある旨のコメント頂きましてありがとうございました。 そして失礼致しました) ・・・・なんだか年末バタバタしてしまい、気が付いたら2008年でビックリしましたが (実際に大晦日は紅白でリア・ディゾンが歌い終わった直後くらいに寝てしまい、目が覚めたら元旦でした) そのバタバタのなか、こんな風景を収めてみましたのでご覧下さい。 最少人数でクラブ運営しているため、いろんなことをいろんな人にやってもらう必要があるんですよ・・・。 それではまた! December 31 第10話みなさんこんにちは。またはこんばんは。 更新が遅れていて反省中のほんまでございます・・・。 本日年内の最終戦、地元日光での日本製紙クレインズ2連戦が終了いたしました。 おかげさまで2連勝することができました! 私の記憶では古河電工時代から数えても地元で日本製紙(旧十条製紙)から連勝を 奪ったということは初めてのような気がします。 後日確かめてみようと思っておりますが・・・。 これもみなさんの応援のおかげでございます。 で、最近地元霧降でのみなさんの声援や後押しは 「応援」より1ステージ上の新しい日本語がないと表現できない、 そんな感じの雰囲気、霧降劇場ぶりだと思ってやまないのですが、 どうですか? なにかいい新しい日本語ありませんかね? 個人的にいつも考えているのですが プロスポーツの会場演出というのはいろいろな手法があると思うのですが 何を仕込んでもちょっとした塩コショー、 であってそれがメインにはならないと思っています。 とにかく試合内容、つまり選手の頑張る・粘る姿勢とお客さんの 生の声援、これによって会場の雰囲気が出来上がるのであって その点霧降での地元試合は運営側の演出だけでは完成しない 稀有な独特の、もっと言うと日本国内ではなかなか見ることのできない 素晴らしい瞬間がある、これをもっともっとたくさんの方々に 体験していただきたい、そういうふうに思っています。 そういった一番肝心なところをつくって頂いているみなさんに本当に感謝しているのです。 話は変わりますが29日の試合には栃木ブレックスのみなさんも 応援にかけつけてくれまして、そんな中ご存じのように勝利を収めることができて なんだかとてもいい思い出になりました。勝ち試合だったため、 試合後はわざわざ控室までご挨拶にきてくださったんですよ! このように県内のプロチームが互いに交流するっていうのは 物凄く幸せなことだと思っています。 栃木ブレックスのみなさん、本当にありがとうございました。 ところでみなさんは年末年始どのようにお過ごしですか? 私ども日光アイスバックスは1月2日から練習開始、5日・6日に 王子製紙2連戦を迎えます。 通常のお正月気分は味わえませんが、またみなさんとお会いできるのを楽しみにしております。 それではみなさんよいお年をお迎えください!
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