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June 30 第33話みなさんこんにちは。またはこんばんは。
水滸伝にハマっている本間です。
…さて、こんなに間を空けてしまいまして
私にはブログを展開する資格はない、と思いました。
ホントにすみません。
32話から続くのですが、
そんなこんなで村井くんはリーグ生活が始まり、
紆余曲折あったものの、11年間現役生活を続けることができました。
私はというと、そんなに気合いを入れて
スカウトした人間(他にもいますし)がいるのに、
3年でバックスを離れ、サラリーマンになったりしてました。
縁あってバックスに戻ったら
村井はまだ現役。戻ったシーズンに彼は「10年やったし」と一度引退の意志を表明しましたが、
「もう1年やって」と無理に頼んで11年目のシーズンを迎え、そして終わりました。
私が再び戻ったバックスは
取り巻く環境の変化もありますから、以前とまったく様変わりしており、
「これは立て直すことは容易ではない」と直感的に感じました。
2~3シーズンはガマンだぞ、これは。そんな感じです。
そんな折りに、08年シーズン終了を以て前監督の退任。
うーん。新しい監督はバックスの隅から隅まで知り尽くした人間でなければ無理。
順調に進んでいるチームであれば外国人監督などの選択肢もアリ、ですが、
バックスはそういう状況ではない。
さらに村井。
「キミ、ヘッドコーチやってくれ」
「え? いやいや社会に羽ばたきますって」
「よろしく」
ということで快諾を得て
新ヘッドコーチ誕生となったワケです。
前身である古河のことも少し知ってて、バックスから出たことがない。
これは一つの決め手。
あとは彼の知識欲とトレーニングに対してストイックな性格、そして人の性格の把握力。
これに賭けます。
その昔村井くんが東洋大学在学中に同級生だった
鈴木貴人くんにもスカウトをしておりました。
当時の目論みは、二人セットで古河入りして、強くしてもらうこと。
鈴木くんは当時から花形選手でスカウト合戦はそれこそ熾烈。
「無理か…」と思いつつも最後まで粘ってはみました。
結果的に鈴木くんはコクド(当時)、村井くんは古河(当時)へと進路を決めました。
約13年前の話です。
当時村井くんは「一緒に古河行こう」と熱心に誘っていたようです。
古河廃部はもとより、
最終的に西武プリンスラビッツも廃部。
アイスホッケー界はどれほど厳しい状況なのか。
西武廃部を受けて08年度オフシーズンは25名の選手が移籍リストに名前を連ねる
大事件とも言える移籍市場となりました。
アイスバックスは尾野選手の流出、任田選手の自己都合による退団が続き、
09年度に向けての補強は実際問題大命題となっていました。
一方既存選手たちは08シーズン最下位の悔しさを引き摺っており、
選手会が定めたスローガンは「Breaking History(歴史を打ち破ろう)」。
負の歴史を打ち破る
大胆な補強が必要となりました。
それも各ポジションにポイントとなる選手をそれぞれ獲得すること。
定めたのは、
GK菊地選手
DF大久保選手
DF山口選手
DF河村選手
FW内山選手
そして、FW鈴木貴人。
これが実現できなければ
アイスバックスは生まれ変わらない。
そこまで割り切って獲得の活動を開始しました。
私たちにバックアッププランはありませんでした。
上記選手たちを獲得することのみ、それだけに集中することにしました。
今回の移籍選手獲得合戦は熾烈でした。
特に韓国、中国の攻勢はなかなかのもので、
じっと耐えていることが苦痛だった時期もあります。
私たちにはひとつの考え方があります。
アイスバックスのようにクラブであり、決して良い環境ではない中で、
粘り、アイスバックスに留まることによって、チャンスを窺う者。
これは宝。
常に日本のアイスホッケー界をリードしてきた選手たち。
つまり、今回私たちが獲得に走った上記のような選手たち。
これも宝。
生意気な、と言われるかもしれませんが、
私たちは宝物を容易に海外へ流出させ、強くなった海外チームを日本のチームが追いかける
ような構造にしてはいけない。
そういう考えです。
(尾野選手の件はごめんなさい)
そして、昨日のリリースに至りましたが、
彼らが日光へ拠ってくれることになりました。
共にアイスバックスへ変化をもたらそうと新しい仲間に加わってくれたのです。
村井と鈴木は大学以来、立場は違うものの、またここで共に闘うことになりました。
アイスバックスが生まれ変わる、そのスタートラインに立つための
まず一つめの準備が終わりました。
さて、これからは結果を求めて09年の旅の始まりです。
相変わらずクラブ運営は厳しく、みなさまに「会員になって下さい!」
「スポンサーを紹介して下さい!」「会場に足を運んで下さい!」と
お願いがますます増えてしまうと思います。引き続き応援してください。
みなさんとアイスバックスの運命を変えていきたいと考えています。
「100年に一度の大補強」と、「ふ」と「ほ」を
心の中で勝手に入れ替えてニヤニヤしている本間でした。
32話からちゃんと続いてない気もする…。
そ、それではまた…。
February 02 第32話みなさんこんにちは。またはこんばんは。
さて、続き。ですが、
このようなお話、過去何度も書いているんですよね…。
しかし続けてみましょう。
すみません、私は立場上一定の選手について多くを語りすぎるのは
よろしくないと思っています。
しかし、まあ、あの、一つの時代に関わる選手の引退ということで
このシリーズはご容赦下さい。すみません。
扱いにくかった村井選手。
当時は他チームとの選手獲得競争も激しく、
今だから言えますが「他に獲られるなら、ウチに入れる」というような
なんていうのか声をかけた以上後に引けない、引かない、
そういうスカウト活動が横行していたような気がします。
本心が見えない村井選手、どうしても獲りたいわたし。
そのような時代、いま考えれば彼は「本当に必要としてくれているか否か」
それを彼はずーっと見ていたのでしょう。
スカウトは人の居間に上がり込んで説得するのが仕事。
当然彼の家にもお邪魔します。
彼は母子家庭に育っており、母君と対面。かわいい息子です。
当時の古河はアイスホッケー入社は正社員or契約社員(日本リーグ初と思います。当時)の選択で
正社員になるには一般学生と同じ試験や条件をパスしなくてはいけません。
なかなか正社員andアイスホッケー部員は困難となっており
ほとんどの場合契約社員での入社・入部が現実でした。
「彼は努力次第で10年活躍できる選手です。息子さんを私に預けて下さい」
簡単に申し上げ、その後彼はおおよそ古河に心を決め、あとは契約なのか正社員となれるのか、
スカウト活動は終盤に近づき、時期はそういうところまで来ました。
そういうところまで来たとき
彼の母親から手紙が届きました。
「息子は体も小さく、とても10年も選手を続けられないでしょう。すぐに社会に出なくてはいけないでしょうから
なんとか正社員で採用してあげて下さい」
簡単に申し上げたわたしは25歳。アイスホッケー部のただのアシスタントマネージャーでスカウトを
担当しているだけ。
採用に関わる権限なぞ遠い世界のお話です。
無力のくせに人の息子を預かるなどと、何かドラマの世界で観たような台詞でその気になっていた
自分を恥じました。
私の25歳、社会人3年目なんて言わば赤ちゃんですよ。
しかし、一方で彼がリーグで10年過ごせたら自分もチームスタッフとして
多少一人前になれるような気もしたのも事実です。
彼のリーグで活躍するという夢はわたしの夢にもなったのです。勝手に。
続きます。
それではまた!
January 21 第31話みなさんこんにちは。またはこんばんは。 ついにこんなに長い時間更新をとめてしまいました。 誠に申し訳ございません。 しかもひっさしぶりの更新が「おしらせ」として本体HPでご覧いただくことに なろうとは・・・。 個人PCの調子が悪く、自分のブログにアクセスできませんで、情けないやらナ ニやら。 なぜ、そこまでして久しぶりに更新するのか? 1月18日のHigh1戦、霧降場内FM(えのきどさんとやらせていただいてい る)で 「月曜日に更新します」と明言(公言?)してしまったからです。 詳しく説明しますと、前述の場内FMで受付させて頂いている携帯メールでの質 問などの中に 「本間島更新しないのですか?」という内容のものがあり、 それに対して先ほどのような発言をしておったのでございます。 で、なんで月曜日? となるのですが、 アレをみてから何か書こう、と思ったのです。 アレっていうのは村井選手の引退試合(霧降の)です。 どのようなシーズンでも引退選手というのはいて、それは戦力外であったり 自ら決めたものであったりします。村井選手の場合は後者ですな。 これらは通常シーズンの全日程が終了してから表に出るものであり、 まだ試合が残っている段階で発表してしまうのは大変希なことで、 そういう意味では今回の村井選手は特例です。 引退に関する「クラブコメント」に書かせて頂いたように、 彼はアイスバックスの歴史で唯一の経験を持った選手であり、 功労者として「最後の霧降宣言」をさせても良いだろうという判断を致しました。 これは私だけでなく、伊勢監督、瀬高選手会長も同意見でした。 それぞれがそれぞれの立場で彼の引退を受け入れた瞬間に まったく同じことを考えたのです。 ということで18日のHigh1戦は「地元最後の引退試合」という特例が実現し ました。 どのような場合でも選手の引退というのはさみしいものです。 同時に引退というものに関わると心身ともにグッタリと疲れが出て、しばらく体 と頭から力が抜けてしまうものです。 私もかれこれスタッフとして計10年以上アイスホッケーに携わっていますから、 選手引退はシーズンの最後の最後という体内時計ができあがってしまっているよ うで、 毎年必ずと言っていいほど引退発表の後は体調を崩しています。 まあ、あの、引退発表ってほとんどの場合シーズン最後の公式イベントで行われ ますから 1シーズン分の疲れがどっと出る、ということでもあるんでしょうけど・・。 しかしそれにしても選手の引退を目の当たりにするのはしんどい事です。 特にアイスバックスの場合は選手それぞれの人生が濃いですから。 私自身はシーズン中の選手引退発表というものを初めて経験しましたから 昨晩から非常に体調が悪いです。 この体調の悪さはなにも虫歯になってしまった親しらずの奥歯を抜いたから、だ けではないでしょう。 私は抜歯によってアゴが外れる、というのを初めて経験しましたよ。 処置が終わって先生が「はい、口閉じてもいいですよ」 「無理無理」 「あ、アゴ外れましたね」 だって。みなさん、歯は大切にしましょう。 話が脱線しました。 さて、私の体内時計を狂わせた張本人。村井忠寛。 彼との出会いはおよそ13年前。14年前かもしれません。 東洋大学で活躍する彼を見つけ、「古河に来ないか?」と声をかけました。 当時古河のスカウトであった私は複数の大学生、高校生に声をかけ、 ごはんを食べながら説得するという業務を、特にシーズンオフに集中的に行って おりました。 村井君の第一印象。 ・無口 ・笑わない ・本心をみせない ・愛想がない ・無関心 だいたい以上のようなものでした。 学生といえども大抵は先方も気遣いがあり、何らか理解し合うきっかけというも のがあるものです。 しかし彼はこちらがしゃべり続けないとほとんどしゃべらない、 むしろ「騙されないぞ」的な目で私を見ております。 「うーん、手強いなコイツ」 しかし、彼のように身体はちいさいが、運動量も多く、ワイドビジョンでぽんぽ んパスを出せる DFは絶対役に立つ。欲しい。 スカウト魂に火がついたというか魂というのは大げさというか。 とにかくこの「しゃべらなさ」に何か感じるものがあったのです。 というところで少し長くなってしまったので第32話に続きます。 すぐ更新しますよ~。 最後に、 18日の瀬高選手の活躍をご覧になりましたか? 彼は同日ヒーローインタビューの中で「引退する先輩に何かしたかった」という ような趣旨のことを 言っておりましたが、コメントはともかく 勝ち試合を霧降に引きずり込んでくる彼の気合いに私は驚きました。 気合いが入っていて「今日は動きがいいな、すごいな」という選手を見ることは よくあるのですが、見た目の気合いそのものに上乗せで結果として4ポイント取 る選手は 滅多にいませんよ。というか私は初めて見ました。 それではまた! September 19 第30話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 ちくのう症初体験の本間でございます。 さて、いよいよ明日開幕を迎えます。 10年目のシーズンということになりました。 東京での記念パーティの際に少し申し上げたのですが、 アイスバックスを立ち上げた当時は「あと一年できればいいだろう。二年続いた、十分だろう・・」 という感じで古河電工からすこしでもつながればそれで十分だろうという考えでした。 もちろん、永く続けたいという気持ちはあったものの、 それが簡単なことではない事を肌で感じていましたし、 先のことを十分に見据えるという余裕がありませんでした。 ですから、10年目を迎えるなんて当時の感覚では信じられないこと、でもあります。 なぜ10年目を迎える事が出来たのか? チームの現場では「ホッケーを続けたい」という選手の思いや、 「歴史を途絶えさせないぞ」という関係者の思いがチームを存続させていくのは当然なのですが、 一方、たくさんの皆さんがいつも応援して下さるおかげで、 いつも「もう一度試合を観て欲しい」という強い思いが、存続への執念となっていきました。 応援して下さる皆さんがいてくれたからです。 もし、いなかったら? たぶん、早い段階でチームはなくなっていた気がします。 HC日光アイスバックスは、選手が控室でユニフォームに着替えただけではまだ HC日光アイスバックスではありません。 控室を出て、通路を歩き、アイスリンクの観客席に皆さんの顔が見えたとき、 選手たちが皆さんの歓声に包まれたとき、 初めてHC日光アイスバックスとなります。 皆さんが私たちを完全にします。 会場でお会いしましょう! それではまた! September 08 第29話みなさんこんにちは。またはこんばんは。 さて、、 開幕も近づいて参りましたので、 当ブログもどんどん更新してまいりますよ! (クチだけにならないことを祈りつつ) おかげさまで10周年記念パーティ、 西武さんとのプレシーズンマッチを無事終えることができました。 たくさんの皆様にご来場頂き、誠にありがとうございました。 特にパーティではお祝いやお花などのお気遣いもいただきました。 この場を借りて重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました! パーティご出席の方にはご覧頂けましたが、 どうですか? 「東武ジャージ」。 なかなかのインパクトでしたよね?? 東武様ご協力の共同企画がやっと形になって参りまして、 対西武プリンスラビッツ戦はすべてこのジャージ! なかなか強引な企画と言えばそうなのですが、西武さんにもご快諾いただき、 将来はアイスホッケーの「鉄道ダービー」と話題になるよう祈ります。 ついでに鉄道ファンがアイスホッケーファンに変化することも祈ります。 さ、この企画ですが一から十まで、今期首相の、いや、主将のつちだくんが 担当しました。 行き掛かり上、担当となったつちだくん、そりゃ不慣れなことも多いですから 結構大変だったと思います。 練習での疲れもありますから、時にはグズグズ(赤ちゃんみたいな表現)することもあります。 しかし、持って生まれた「やりかけたことを途中で投げ出せない」しつこい、いや、 責任感溢れる性格でやりとげました。 さあ、私どもはこのジャージで東武さまのPRをさせていただきますが、 東武さまは「ラッピングトレイン」で日光IBのPRをして下さいます。 デザインはパーティで発表させて頂いた通りですが、 いつ、どこを走るなど、スケジュールが判明次第随時オフィシャルHPで発表させて 頂きますので、お楽しみに! ま、この発表もつちだくんがやるのですがね・・。 私は個人的につちだくんの苦労を報いて ラッピングトレインは「機関車トーマス」みたいに電車の顔が「つちだくんになってるやつ」 なんかどうか、と思いましたが、それは無理みたいです。 通勤でごった返しているホームに「つちだくんの顔電車が入ってくる」ことを想像してニヤニヤしてたんですがね・・。 さて・・・ 実は10周年パーティ、これもつちだくんが主任で準備段階から8割方進められましたが、 前述したとおり、選手としてこれほどたくさんの企画モノを担当するのは大変です。 しかし、持って生まれた「やりかけたことを途中で投げ出せない」性格でこれも最後までやり遂げてくれました。 ・・・。「その性格」を利用しているワケではないのだよ、つちだくん。 8月末に行われたボーリング対決では選手会長の瀬高くんがメイン担当。 これも不慣れで結構大変だったようですが、最後までやり遂げました。 こうやって選手と「何か」を両立しながらアイスバックスの選手たちは前進していきます。 これは「修行」です。いつか選手を引退しても、いまの経験は必ず役に立つことでしょう! うまくまとめきれませんでしたが、 パーティの進行でお世話になりましたレディオベリーの杉さん、栃木放送の松井さん、 もちろん会場の東武ホテルグランデの坂野さん、下野新聞さまをはじめとするご取材頂いたメディアの皆さん、 本当にありがとうございました! それではまた! July 15 第28話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 暑いですね。 シャツの襟が汚れてしかたありません・・。 さて昨日より氷上練習が始まりました。 早朝からご観覧頂いた皆さま、ありがとうございました! 早いもので、もうシーズンインです。 今期伊勢監督の意気込みはかなりのもので、 陸トレ、氷上と例年にないスタートから厳しい内容になっております。 監督の気持ちとしては出入りの少ない、やっとある程度固定されたメンバーで シーズンを迎えられるということで、つまり「チャンス」と考えているわけです。 バックスホッケーをよく理解したメンバーで戦うシーズンを楽しみにしているわけです。 様々な問題をクリアして、今期はなんとか外国人選手を確保したいと目論んでいますし、 何と言ってもみなさんに期待されるシーズンにしたいと強く考えております。 話題を変えますが、 17日に那須のアウトレットがオープン致します。 そのアウトレットのあるショップでアイスバックスの選手が店員としてお手伝いすることになりました。 詳しくは本体のHPでお知らせいたします。 買い物に出かけたら「アレ?現役選手?」となりますのでコレはお楽しみに! でございます。 それではまた! July 14 第27話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 暑いですね・・・。 そんな暑い中、日曜日歌舞伎町のスポーツカフェ6でのイベントに参戦頂いたみなさま、 まことにありがとうございました。 さて、いまテレビで「深イイ話」というのを観てました。 学校スペシャルみたいな内容でしたが、それで急に思いだした事があります。 事っていうか先生そのものなんですが、中学2、3年生のときの担任です。K先生としておきましょう。 見た目は個性的、とは言え私の文章力では表現できないので省きますが、 なんかこう、行動としてはいわゆるクラスに必ずいる不良に対して非常に厳しい人でした。 当時私はクラス委員でして、求められてないのに説明しますと小学校3年生から高校卒業までクラス委員だったという 記録?も持っております。 なぜずーーっとクラス委員だったかと言うと 大概(当時の苫小牧では)クラスでの委員を決める際に学級会みたいな時間があり、ナニナニ委員はダレダレ、 ナニナニ委員はダレダレ、というような方向で委員を決めていくという方向でした。 これは小学校から高校までほとんど変わりません。委員決めは基本的に大した問題はないはずなのですが 面倒なのはクラス委員で、責任があるというイメージからか立候補する人はまずいませんで、 推薦するにも後から恨まれるみたいな遠慮もあり難航します。 しかし、一方で「学級会」はスムーズに委員がすべて決まると残りの時間が自由時間になる、という法則があり それに気付いた私はある作戦に出ることにします。小学3年生のときにコレに気づき、ズバリ自由時間が欲しいからですが、 クラス委員選出のタイミングが来るまでジーっと待ち、その「時」が来た瞬間「立候補」して「選任され」る。 一番厄介になりがちな「クラス委員選出」の時間を短縮するということで 自由時間を頂戴する(実際には頂戴しても10分くらいですかね)。 これはイイ!俺がクラス委員になればみんな自由だ!女子は指名するゼ。 ということでコレを高校卒業まで続けました。 バカですね・・。 それはどうでもいいのですが、 その担任ですよ。 中学3年の時ですが、クラスにどうにもこうにも学校サボったり先生に噛みついたりする不良がいて みなさん手を焼いておりました。 私の担任は絶対にそのコ(Aさんとしましょう)に対して諦めません。 ある日Aさんが授業をサボってどこかの喫茶店で焼きそばを食っていた時 (いやいや、今だから「焼きそば食ってた」とわかるだけのことですが)ことです。 他の先生の授業時間にソノ担任が教室に飛び込んで来ました。 「ほんま! Aがサボってるから一緒に探しにいくゾ!」 とのこと。 私的には「ええーーーっ??」ですよ。 「はぁぁ??」とか言うと 「お前クラス委員なんだから責任あるだろぉっ!コラ!」てな感じですよ。 授業ぶっ飛ばしてAさん探し??「いやいやボクは自由時間欲しさにクラス委員に・・・」なんてのは関係ないです。 無理やり連れ出されて街中走りまわって探しましたよ、Aさん。苫小牧市音羽町というところの喫茶店で焼きそば食ってるところを発見。 担任と3人で学校帰りましてですね、 「ほんま、授業戻れ。Aは職員室だ!」てな調子です。ポッカーンですよ・・。 その他にはクラス委員には(この場合私の指名した)女子もいらっしゃいます。 翌日の学級会用の資料作りに居残りさせられるんですよ、二人で。 当時私は一応アイスホッケー部のキャプテンでして、それにも関わらず 「今日は部活休んで学校残って仕事しろ」とか言うんですよね・・・。 考えられませんよ、当時。 職員室の空いている机で作業しているうちに夜になり、出前のラーメン取るんですよね。「しょうゆでいいか?」とか言いながら。 それで「家には電話しといたから食ってから帰れっ」っつって女子のクラス委員と職員室でラーメン食って帰る。 「先生・・・。こういうの珍しくないですか?」です。 そのK先生、卒業式の日に驚愕の真実を告白してくれました。 「俺の母親は娼婦だった。毎晩違う男の人が家に来ていた。オレはそれが辛くて悲しくて仕方なかった」 というような内容です。 「家庭にはいろんな事情があるし、自分自身に悩みも苦しみをあるだろう。人にはいろんな人生がある。 もともとついてくる環境もあるし、これから遭遇する環境もある。負けるな、自分に起こりうる、そして実際に起こる環境に決して言い訳するな」 という、中学校の卒業式にはちょっと難しい、その当時は意味が少しわからなかった、 でも忘れられない衝撃の「おくることば」で、今はよくわかる話と思っています。 率直に「担任K先生でよかったなぁ」と思ってる、って話なんですがね。 アイスバックスには関係ない話って? では無理やり関連付けますと、Aさんのご実家は土田くんと同じ町内でございました。 とさ・・・・。無論土田くんにもまったく関係のない第27話ですよ。 でもそれにしてもちょっと面白い先生と思いませんか? それではまた! July 10 第26話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 すみません、ヘルニア発症からあんまり元気がなくて 更新が完全に止まっておりました。 申し訳ございません。 最近は少し腰の調子も良くなりまして、開幕に向けてちょくちょく更新してまいりたいと思います。 さて、炎の10番勝負も「其の弐」の内容が決まったようです。 近々内容が明かされることと思いますので、みなさんお楽しみに! 其の壱では岡本選手の圧勝でしたね。さすが稼業です。 尾野選手はどこまで本気で逆漕ぎだったのか未だ私には理解出来ておりません・・。 その昔私の父はかなり若いころ洞爺湖のボート貸し業で働いていたことがあったらしく、 そのせいで幼少のころはよく洞爺湖に遊びに行き、ボート漕ぎの特訓を受けていました。 私の父は昭和ひとけた生まれで、一応スポーツマンだったということもあり、 なんというかうまく伝えられないのですが、身体を動かすことに関しては非常に厳しいところがあります。 ふつう、湖で手漕ぎボート乗る、というのは「完全に遊び」と私自身は思うのですが、 かなりスムーズに漕げるようになるまで相当厳しく指導されました。 「オールを誤って一本落とした場合はこう」などと、なんつーかサバイバル術のような 技まで伝授され後半はボート遊びが楽しいんだかなんだかわからなくなったのを思い出します。 別件では家族でボーリングに行ったとき、兄弟でキャッキャ言いながら普通にやっていたら 「真剣にやれ!」と本気で怒られたこともあります・・。 どうにもスポーツと遊びの境目のない父親ですが、 今回尾野選手の漕ぎ方見ていたとしたら 怒ってただろうなぁ・・・。関係ないくせに。 という他人にはまったく関係のない感想をもった「其の壱」でございました。 それではまた! May 21 第25話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 前回スケートリンクのお話をさせて頂きましたが、 先週スペイン製の人口スケートリンクの展示会(?)のようなものがありましたね。 日光からつちだくんと村井選手が様子を見に行って参りました。 かなりいいモノのようですね。 こういうものがあるとデモだとか、簡単な教室などが開けて 普及活動にとても良い! と思ってしまいました。 これって結構昔からあるのですが、 昔はスケートは滑れるけどパックが滑らない、とか ストップすると削れる、などの欠点があったものですが、 その辺はかなりクリアされているようです。 お金があれば買いたいのですが・・・・。 さて、私半年くらい前から調子悪いなぁ と思っていた腰が先週爆発してしまいまして ヘルニア発症してしまいました。 しばらくは外に出られず自宅勤務でございます・・・。 忙しい時期に参っております。 参ったなぁと思いながらテレビ見てたら「ナルニア国物語」放送してました。 似てるなぁ。 ・・・・さて、これから2008年のシーズンに向かっておるワケですが アイスバックスは10周年を迎えるシーズンということで 出来る限り皆さんに楽しんでいただけるようにできることをコツコツがんばって行きたいと 思っております。 つちだくん隊長のスタジャン、これはもう記念ですよ。 記念だからいいお値段で売れるだろう などというイヤラしいものではございません! まず、モノがいいです。そしてこだわりのデザイン。 ちゃんとしたスタジャンとしてお値段は平均的なところとなっております。 上を見ればキリがない世界ではありますので、 クオリティとデザインのバランスが非常に良いと思っております。 BEAMS様のご協力のおかげで・・。 そして2008年モノのグッズですね。 これはすべて村井選手が隊長です。 タリーズコーヒー・ロブレ小山店でのイベントで第一弾がデビューしてますが なかなか好評でございます。 これから10周年記念ものなどもう二度とご購入いただけないものも どんどん登場してまいります。 今後は通販なども可能にしてまいりますので みなさんぜひご利用くださいね! そしてイベントごとなど、上記の2案件のように今年は選手がリーダーとなって 行うことがらがどんどん増えてまいります。 みなさんとたくさんの思い出が作れれば、と考えております。 これからもよろしくお願い致します。 それではまた! May 07 第24話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 スモークサーモン好きの本間です。 ・・・えー、っと。 最近ニュースで見たのですが、 フィギュアスケートの選手たち(しかも一流)が アイスリンクの存続を訴える会見開かれてましたね。 チラっとしか見てないので詳しいことはわかりませんが、関西方面のリンク閉鎖が続いており、 それに危機感をおぼえた日本を代表するスケーターたちが立ち上がり存続を訴えた、 というような内容だったと思います。 全力で応援します。 私が全力で応援しますと宣言しても何の効力もありませんが、 スケートを生業とするものにとって アイスリンクは大切です。あたりまえですが・・。 たとえば日光の霧降アイスアリーナが閉鎖と言われたら アイスバックスは「日光アイスバックス」としては解散です。 フィギュアスケーターの皆さんが地元のアイスリンクが閉鎖になった場合、 活動の場が失われ、フィギュアをあきらめなくてはいけなくなるでしょう。 だからスケーターの人口も減る。 国際的に通用するスケーターも同時に減少していくでしょう。 確かにアイスリンクの維持は大変コストのかかるもの、と聞いています。 人工の氷を張る電気代が特に高いそうです。 昔古河電工リンクが閉鎖になる際、 アイスバックスに払い下げていただき、管理運営できないか検討したことがありました。 フィギュア、アイスホッケー、ショートトラック、そして一般滑走やスケート教室など、それぞれが 毎日ビッシリと埋まらないことには運営は難しいという判断であきらめました。 だからリンク維持の問題はよく理解できます。 だから何かいい方法はないですかね? まったく新規で考えた場合、ショッピングモールなどに併設されているのが最高と思います。 買い物や食事に来たお客さんが「ついで」にフィギュアイベントやアイスホッケーの試合を観る。 現状の施設は全国どこでもそうだと思いますがあまりにも「独立」したエリアに 存在するのが事実と思います。 これはアイスリンクに限らずスポーツ施設は「空いた土地」に「何かを」と 建設されたモノが多いように感じられ、 地域住民が「わざわざ」出かけて観るのがスポーツ、というある種メンドくさいイメージが 定着しているような気がします・・・。 私は個人的に「ついで」っていうのが悪いものじゃないと思っていて、 食事も買い物もエンタテイメントも一ヶ所で楽しめるエリアって人を楽しくさせるのではないか と常々妄想しています。 だから栃木県に ショッピングモールと、サッカー場と、複合室内競技場(バスケットコート、アイスリンクが両方使える。アメリカとかでは普通にありますよね) が併設されたエンタメ施設をつくることはできないかなぁ、 そういうふうに常々妄想しています。 それではまた! 第24話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 スモークサーモン好きの本間です。 ・・・えー、っと。 最近ニュースで見たのですが、 フィギュアスケートの選手たち(しかも一流)が アイスリンクの存続を訴える会見開かれてましたね。 チラっとしか見てないので詳しいことはわかりませんが、関西方面のリンク閉鎖が続いており、 それに危機感をおぼえた日本を代表するスケーターたちが立ち上がり存続を訴えた、 というような内容だったと思います。 全力で応援します。 私が全力で応援しますと宣言しても何の効力もありませんが、 スケートを生業とするものにとって アイスリンクは大切です。あたりまえですが・・。 たとえば日光の霧降アイスアリーナが閉鎖と言われたら アイスバックスは「日光アイスバックス」としては解散です。 フィギュアスケーターの皆さんが地元のアイスリンクが閉鎖になった場合、 活動の場が失われ、フィギュアをあきらめなくてはいけなくなるでしょう。 だからスケーターの人口も減る。 国際的に通用するスケーターも同時に減少していくでしょう。 確かにアイスリンクの維持は大変コストのかかるもの、と聞いています。 人工の氷を張る電気代が特に高いそうです。 昔古河電工リンクが閉鎖になる際、 アイスバックスに払い下げていただき、管理運営できないか検討したことがありました。 フィギュア、アイスホッケー、ショートトラック、そして一般滑走やスケート教室など、それぞれが 毎日ビッシリと埋まらないことには運営は難しいという判断であきらめました。 だからリンク維持の問題はよく理解できます。 だから何かいい方法はないですかね? まったく新規で考えた場合、ショッピングモールなどに併設されているのが最高と思います。 買い物や食事に来たお客さんが「ついで」にフィギュアイベントやアイスホッケーの試合を観る。 現状の施設は全国どこでもそうだと思いますがあまりにも「独立」したエリアに 存在するのが事実と思います。 これはアイスリンクに限らずスポーツ施設は「空いた土地」に「何かを」と 建設されたモノが多いように感じられ、 地域住民が「わざわざ」出かけて観るのがスポーツ、というある種メンドくさいイメージが 定着しているような気がします・・・。 私は個人的に「ついで」っていうのが悪いものじゃないと思っていて、 食事も買い物もエンタテイメントも一ヶ所で楽しめるエリアって人を楽しくさせるのではないか と常々妄想しています。 だから栃木県に ショッピングモールと、サッカー場と、複合室内競技場(バスケットコート、アイスリンクが両方使える。アメリカとかでは普通にありますよね) が併設されたエンタメ施設をつくることはできないかなぁ、 そういうふうに常々妄想しています。 それではまた! May 04 第23話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 けっこう暑くないですか? さて、昨日「Rough Shot」 というDVDを観ました。 たしか原題は「Hockey Mam」だったと思いますが(違ったらすみません)、 女性のアイスホッケーチームのお話です。 日本ではDVDのみの展開であまり世に知られてませんが、 たしか発売は「スマイル」の公開とやや同じ時期だったと思います。 そう考えると2007年度はホッケーモノのムービーが2本もあった貴重な年なのですね。 観てみよう、観てみようと思いつつ、失礼なことにすっかりその存在を忘れていたのですが、 たまたまレンタル屋さんで発見したので「おっ!」と思い借りてみました。 どうですか? ありますか? レンタル屋さんで「おっ!」と思うこと。 何気に感動しました。 なかなかいい映画です。 みなさんもレンタル屋さんで見つけたら「おっ!」と思いながら借りてみてくださいね。 いや、もしこれを読んでからレンタル屋さんに行って発見した方は 「あっ!」 ですかね・・・。 それではまた! May 01 第22話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 資金繰りやなんやかんやで疲労困憊中のほんまでございます。 みなさんGWはどのようにお過ごしですか? さて、今日もたわいのない話を。 本日ある打ち合わせでBEAMSさんにお邪魔しておりました。つちだくんと。 打ち合わせの結果についてはつちだくんから詳しくみなさんにご報告があると思いますので それはそれでお楽しみにして頂きたく存じます。 BEAMSさんにお邪魔したついで、と言ってはなんですが、 私の愛用ビジネスバッグが最近妙にクタってまいりましたので、 「クタって」って方言ですかね? つまり痛みがハゲしくなってきたということです。 まあいいや。 そろそろ買い換えようかなぁ ということで代わりの品を物色してみました。 どうでもいい説明ですが5年間のサラリーマン生活のおかげで いくばくかの貯金はあるのでストレス解消にチョコチョコ買い物します。 で、やっぱり洋服や小物を購入する際にはお世話になっておりますBEAMSさんで、 と決めております。90%くらいは。 で、さまざま魅力的なバッグを前にどれがいいかな? とチョイスに入りつつ ふと思いました。 今使用中のバッグは「13年目」だと。 25歳で古河電工アイスホッケー部のアシスタントマネージャになった際に 書類とか入れるバッグ必要だな、と思い確か新宿のBEAMSさんで購入したものです。 BEAMSさんオリジナルのナイロンバッグ。 いま私は38歳になるので単純に13年目。 古河→バックス立ち上げ→バックスでの3年間→広告代理店5年間→いま 選手引退して社会人的な生活すべてこのバッグと一緒かいな、と思うと 「後継者」選びも少し考えてしまいます。 いや、実際実務の後継者もすぐ欲しいのが現実ですがそれはともかく。 バッグひとつとってもBEAMSさんには当たり前のように魅力的な商品が並んでおり、 その中に「真の後継者」もいます。 オリジナルナイロンバッグのいまバージョンですね。 後継者選びとしては正当な血筋ですが、気分転換もしたい。 たいへん迷った挙句今日のところは保留して帰ってまりました。 長年連れ添った相棒を切り替えるのは一筋縄ではいきませんね・・・・。 いやぁ、冷静に考えると13年使用した実用品って一つもないです。 振り返るとこやつとチェコプラハクラドノ、カナダバンクーバーカルガリートロントも行った、アメリカロスハワイも行った、 イギリスマンチェスターではスーツケースなくなってこやつにあらゆるもの詰め込んで歩いた、 古河の新人選手の履歴書入れて歩いた、アイスバックスの初めてのセールスシート入れて歩いた、 初めてのスポンサー契約書入れて歩いた、初めてのファンクラブ会員申込書入れて歩いた・・・ 日本のアイスホッケーの初めてを入れて歩いた。 思い出ってつまりますね。 後継者大切ですね。 それではまた! April 08 第21話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 歳をとってキーの打ち間違いが多発して困っている本間です。 先日香川遠征に帯同してまいりました。 サーパスさんとは7対4の試合、「アウエイ」にたくさんのサポーターが応援に来ていただいて 真面目に「ありがたい」と思いました。 ありがとうございます。 香川と言えばうどんですが、つちだくんは「うどん」という映画を映画館で観たそうです。 そのつちだくんが推薦するうどんを空港で購入しましたが、 普通でした。やっぱり香川に住んでいたことのある波多野くん推奨のうどんを購入すべきでした。 ちなみに波多野くんも同じ小学校の後輩なんですよ。もちろん重なってませんけど。 香川と言えば昔「JOC杯」というリーグ戦がありまして、 それは日本リーグの終了後に行われる若手育成みたいな意味合いの大会だったんです。 ホッケーの盛んでない土地を巡って若手中心で試合をするものだったんですが、 毎年「高松」のスケートリンク(いまはない)でも行われておりました。 その当時古河電工に「高松さん」という日光出身の選手がおりまして、 なぜか特に活躍しなくても特別賞をもらってたんですよね。 名字が「高松」だからだそうです。 名字が変わらない限り一生もらえるのかな?特別賞。と疑念を持ったことを思い出します。 ・・・・・。 下の写真は空港で若者に絡むおじさんを見つけたので 何となくシャッターを押したモノです。 川口くんはいま自動車学校に通っていて、免許取得に一生懸命です。 それではまた! 第20話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 突風で傘がブチ折れたら家族も傘がブチ折れていたほんまです。 みなさんはブチ折れましたか? ついでに本日傘がブチ折れて取っ手の部分だけ持って歩いている中学生を見ました。 えー・・・。 記念すべき第20話ということで、 事務所キレイにしたぞ記念写真をお送りいたします。 それではまた! 第19話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 突風で傘が真逆にブチ折れた本間でございます。 そのあと車に乗ったらラジオで「今日は傘が役に立たないでしょう」とのこと・・・。 確かに。 さて、本日はミーティングを行いました。 内容は主に「営業」。 選手を5グループにチーム分けして、各担当を持たせます。 たとえばチーム1はどことどことどことどことどこ。 チーム2はドコとドコとドコとドコ。 どっちが読みやすいですか? カタカナ? まあつまりお得意様に関して新規・既存をそれぞれ振り分け チーム毎に営業にまわるのです。 どこかで営業中の選手を見かけたら気軽に声をかけてあげて下さいませ。 よろしくお願い致します! それと「こういうところに営業へお伺いしてみたら?」などの意見がございましたら どしどしご連絡下さい。重ねてお願い申し上げます。 下記はチーム毎作戦を練っている様子でございます。 March 10 第18話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 花粉症が本格的に発症すると、こんなにキツいのか! と実感中の本間でございます。 昨日のファン感謝デー、たくさんのご来場まことにありがとうございました。 なんとなーく振り返ってみるとその昔、日本リーグ時代にはファン感謝デーというものは アイスホッケー界になくて、確か古河電工時代に日本リーグで4位になったシーズン(13年くらい前?)に 始めたのが最初だったと思います。 第1回は懐かしの古河電工リンクでしたが、試合時と同じくらいのお客さんが集まったことに驚いた記憶があります。 懐かしんでごまかすつもりはないんですよ・・・。 今シーズンもアイスバックスを卒業し、別の世界へ旅立っていく選手たちがいます。 佐藤選手、白鳥選手、小野選手、瀬口選手、有澤選手、ケビン木村選手。 この中のほとんどの選手は日本リーグからアジアリーグへの移り変わり、 そしてアイスバックスの最も厳しい時期を経験した、 日本のアイスホッケー界にとってとても貴重な選手たちです。 昨日のファン感謝デーでのさよなら試合30分一本勝負では残り10分を切ったところで それぞれが自身のルーツであるチームのユニフォームを着て登場しました。 例えば白鳥選手の雪印時代。小野選手の西武時代。 古河電工のスタッフ時代に敵として彼らを見ていた私としては 彼らにボコボコにやられていたその頃の記憶が急激に蘇り、「にくたらしぃ~」という、どう考えても失礼な、 その場にいた誰もが感じないであろう、思ってもいない自分でも予想外の率直な感想。 ・・・。ですが、その彼らはアイスホッケーそのものを諦めず、アイスバックスへ籍を置いて 闘い続けました。アイスバックスのために・・・。 そして最後の氷上でのあいさつで彼らは言いました。 「感謝しています」「ありがとう」 ただそれだけ。 引き続きアイスバックスの経営状態は厳しく、彼らにとっても、残る選手たちにとっても 決して満足できる環境ではありません。いや、むしろ不満でしょう。 それなのに「感謝しています」 と、それだけを熱心に伝えようとする彼ら。 私はひさしぶりにアイスホッケー界に戻ったせいもあり、 なんとも言えませんが、彼らのようなコメントをしようと必死な選手を見たことがない気がしています。 私はチーム内において戦力外を伝えたり、引退をしたい選手にたいしてそれを認めたりする立場です。 選手は可能性があればホッケーを続けたいに決まっています。 それを断ち切ることもあります。 スカウティングで人の人生を捻じ曲げることもあります。 自分はなんのために生きているのか考えてしまうことがあります。 ホッケー選手は現役中に一生暮らせるようなお金は稼げません。 私は人の人生を右や左に動かすような権利や実力もないにもかかわらずそういうことをします。 彼らは恨みつらみを言いません。 そしていま、未来への希望を持っています。 そして少しの悔しさをチームに残しています。 その悔しさはずっとチームに魂として残ります。 残った人間たちでその悔しさを晴らさなくてはいけません。 彼らが誇りを持って「日光アイスバックスのOBだ」と言えるようにしなくてはいけません。 少し恥ずかしい表現で恐縮です。 私たち日光アイスバックスは立ち上げ時からずっとそうですが 氷という名の海をさまよう海賊みたいなものです。 いきなり敵が襲ってきたり、船に穴があいたり・・・。 いつも自分たちの居場所を探して、安定した陸地を探してさまよい続ける。 さまよう中で様々な人がアイスバックスを通り過ぎて行きます。 今年チームを去る彼らはその中でも重要な、とても大切な時期を現役として過ごした 選手たちだと思っています。 これからのシーズンを過ごす選手たちは彼らの人間力の高さから何を学んで、何を残していくのか。 そして私は彼らの功績に傷をつけないよう、チーム力向上、経営の安定のために努めなくてはいけません。 次のシーズンのアイスバックスを楽しみにしてください。 次のシーズン、アイスバックスは10年目を迎えます。 私や伊勢監督や村井選手や三田選手が直面した古河電工アイスホッケー部の廃部から10年、 当時は300近い(あらゆる競技の)実業団チームが廃部になった大変な時代でした。 その中の生き残りとして10年を迎えるクラブは日本にほとんどないはずです。 10周年を超えたら古河電工アイスホッケー部創立から数えて100年を迎えるのも もう目の前です。 日本で最初に100周年を迎える可能性のある唯一のアイスホッケークラブ、HC日光アイスバックスへの ご声援、これからも何卒よろしくお願い致します。 それではまた! February 23 第17話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 花粉症とシーズン終了の虚脱感で体長最悪のほんまでございます・・・。 先週の金曜日に前職の後任かさはらくんから電話があり、 「東京マラソン走るんですよ~」とのこと。 「あっそう・・・」 今週月曜日に電話があり、「体ボロボロです~」とのこと。 「あっそう・・・」 今週火曜日に電話があり、「木曜からハワイ出張です~」(かさはらくんは私が前職で担当していた宮里藍さんについても後任であり、 ハワイでのフィールズオープンに出場する宮里プロの何らかのケアで出張するらしい)とのこと。 「あっそう・・・」 「東京マラソンでボロボロなので18ホールついてまわれるか不安です~」 「42.195キロ走れるなら、18ホール歩くのはそんなに難しくないのでないの? とにかく現地に着いたらよろしく伝えて。 それからミシェルウィーにもよろしく言っといて(カシオワールドオープンでの来日を2回担当してたので)」 「ハイ~」 私は宮里プロからは「もんきち」 ミシェルウィーからは「おさるさん」と呼ばれてました。 ミシェルウィー御一行様をカラオケに連れて行った際に興奮したミシェルが 「日本で一番好きなおさるさーーーん!!」(ミシェルはわりと日本語が堪能)と叫んでましたが、 まさか2番目に好きなおさるさんは本物の猿じゃないだろうな・・・。とけっこう本気で疑問に思った事が懐かしいです。 そんなにサル顔ですか? ・・・。 いや、話をごまかすつもりはないのです。 残念ながらシーズンが終わってしまいました。 みなさんからたくさんのご声援をいただいていたのですが、昨年の成績を上回ることができませんでした。 わたくしどもの来シーズンへ向けての活動はすでにスタートしています。 旧体制から新体制へ移行した07年度、手探りでのシーズンが終わり本当のスタートが2月20日王子製紙に敗戦した瞬間だと思っています。 2007年度シーズンのご声援まことにありがとうございました。 必ず良いチームにします。 来期も変わらぬご声援賜りたく、心よりお願い申し上げます。 February 18 第16話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 昨日プレーオフ第2戦が終わり、 残念ながら敗戦でした。 幸いに20日地元で第3戦があります。 これは大変面白い内容になることでしょう。 対王子製紙戦は1戦目2点差、2戦目は1点差。3戦目は? 引き分けはありませんから、非常に楽しみです。 展開としては5戦目までもつれ込むしかないわけですから その5戦目は再度苫小牧。 2戦目のあとに苫小牧を後にして日光へ戻りましたが 「どうせまた来るからスーツケース、ホテルに預けて帰ろうかな」と 真剣に悩んだ本間でした。 でもその某ホテル。 「地元王子製紙勝利!」 とロビーに看板出して売店で特売やってるのにはドン引きしました。 だって僕らなけなしのお金でそのホテルに泊ってる一応「お客さん」ですから。 気持はわかりますが。 だから預けて帰るのはやめました。 それではまた! February 17 第15話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 本日プレーオフのファーストラウンド第1戦が終わりました。 残念ながら2-4で敗戦。 仕方ありませんが、明日またやってみるしかありません。 今日は千歳空港付近の天候が悪く、わざわざ関東方面から応援にかけつけてくれようとした方の 一部が試合に間に合わない、もしくは東京羽田に引き返さざるを得なく、会場入りできないという事態が 発生しました。不運としか言いようがなく大変残念な一日でした。 しかし、明日(厳密には本日)2戦目は今日間に合わなかった方々も揃い、念を送ってくださっている皆さんも含め フルメンバーでの試合です。本当のアイスバックスとして戦えるわけですから、違う内容の試合になることでしょう。 私たちはときどきボロボロになります。 経営が思うようにいかない。試合がうまくいかない。批判を受ける。 信じてきたものを失いそうな不安、自己嫌悪。 どうしてもそれを吹き飛ばしたい、頭だけではそれができない。辛い時間がたくさんあります。 解決方法はただ一つ。勝つことです。 それだけが私たちに明日への希望を与えます。 2戦目はきっと違う内容の試合になるでしょう。 それだけを信じて、明日(厳密には本日)はフルメンバーで戦えます。なんと幸せなこと! それではまた! |
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