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スタッフ手記 本間島(ほんまとー)とか |
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June 30 第33話みなさんこんにちは。またはこんばんは。
水滸伝にハマっている本間です。
…さて、こんなに間を空けてしまいまして
私にはブログを展開する資格はない、と思いました。
ホントにすみません。
32話から続くのですが、
そんなこんなで村井くんはリーグ生活が始まり、
紆余曲折あったものの、11年間現役生活を続けることができました。
私はというと、そんなに気合いを入れて
スカウトした人間(他にもいますし)がいるのに、
3年でバックスを離れ、サラリーマンになったりしてました。
縁あってバックスに戻ったら
村井はまだ現役。戻ったシーズンに彼は「10年やったし」と一度引退の意志を表明しましたが、
「もう1年やって」と無理に頼んで11年目のシーズンを迎え、そして終わりました。
私が再び戻ったバックスは
取り巻く環境の変化もありますから、以前とまったく様変わりしており、
「これは立て直すことは容易ではない」と直感的に感じました。
2~3シーズンはガマンだぞ、これは。そんな感じです。
そんな折りに、08年シーズン終了を以て前監督の退任。
うーん。新しい監督はバックスの隅から隅まで知り尽くした人間でなければ無理。
順調に進んでいるチームであれば外国人監督などの選択肢もアリ、ですが、
バックスはそういう状況ではない。
さらに村井。
「キミ、ヘッドコーチやってくれ」
「え? いやいや社会に羽ばたきますって」
「よろしく」
ということで快諾を得て
新ヘッドコーチ誕生となったワケです。
前身である古河のことも少し知ってて、バックスから出たことがない。
これは一つの決め手。
あとは彼の知識欲とトレーニングに対してストイックな性格、そして人の性格の把握力。
これに賭けます。
その昔村井くんが東洋大学在学中に同級生だった
鈴木貴人くんにもスカウトをしておりました。
当時の目論みは、二人セットで古河入りして、強くしてもらうこと。
鈴木くんは当時から花形選手でスカウト合戦はそれこそ熾烈。
「無理か…」と思いつつも最後まで粘ってはみました。
結果的に鈴木くんはコクド(当時)、村井くんは古河(当時)へと進路を決めました。
約13年前の話です。
当時村井くんは「一緒に古河行こう」と熱心に誘っていたようです。
古河廃部はもとより、
最終的に西武プリンスラビッツも廃部。
アイスホッケー界はどれほど厳しい状況なのか。
西武廃部を受けて08年度オフシーズンは25名の選手が移籍リストに名前を連ねる
大事件とも言える移籍市場となりました。
アイスバックスは尾野選手の流出、任田選手の自己都合による退団が続き、
09年度に向けての補強は実際問題大命題となっていました。
一方既存選手たちは08シーズン最下位の悔しさを引き摺っており、
選手会が定めたスローガンは「Breaking History(歴史を打ち破ろう)」。
負の歴史を打ち破る
大胆な補強が必要となりました。
それも各ポジションにポイントとなる選手をそれぞれ獲得すること。
定めたのは、
GK菊地選手
DF大久保選手
DF山口選手
DF河村選手
FW内山選手
そして、FW鈴木貴人。
これが実現できなければ
アイスバックスは生まれ変わらない。
そこまで割り切って獲得の活動を開始しました。
私たちにバックアッププランはありませんでした。
上記選手たちを獲得することのみ、それだけに集中することにしました。
今回の移籍選手獲得合戦は熾烈でした。
特に韓国、中国の攻勢はなかなかのもので、
じっと耐えていることが苦痛だった時期もあります。
私たちにはひとつの考え方があります。
アイスバックスのようにクラブであり、決して良い環境ではない中で、
粘り、アイスバックスに留まることによって、チャンスを窺う者。
これは宝。
常に日本のアイスホッケー界をリードしてきた選手たち。
つまり、今回私たちが獲得に走った上記のような選手たち。
これも宝。
生意気な、と言われるかもしれませんが、
私たちは宝物を容易に海外へ流出させ、強くなった海外チームを日本のチームが追いかける
ような構造にしてはいけない。
そういう考えです。
(尾野選手の件はごめんなさい)
そして、昨日のリリースに至りましたが、
彼らが日光へ拠ってくれることになりました。
共にアイスバックスへ変化をもたらそうと新しい仲間に加わってくれたのです。
村井と鈴木は大学以来、立場は違うものの、またここで共に闘うことになりました。
アイスバックスが生まれ変わる、そのスタートラインに立つための
まず一つめの準備が終わりました。
さて、これからは結果を求めて09年の旅の始まりです。
相変わらずクラブ運営は厳しく、みなさまに「会員になって下さい!」
「スポンサーを紹介して下さい!」「会場に足を運んで下さい!」と
お願いがますます増えてしまうと思います。引き続き応援してください。
みなさんとアイスバックスの運命を変えていきたいと考えています。
「100年に一度の大補強」と、「ふ」と「ほ」を
心の中で勝手に入れ替えてニヤニヤしている本間でした。
32話からちゃんと続いてない気もする…。
そ、それではまた…。
February 02 第32話みなさんこんにちは。またはこんばんは。
さて、続き。ですが、
このようなお話、過去何度も書いているんですよね…。
しかし続けてみましょう。
すみません、私は立場上一定の選手について多くを語りすぎるのは
よろしくないと思っています。
しかし、まあ、あの、一つの時代に関わる選手の引退ということで
このシリーズはご容赦下さい。すみません。
扱いにくかった村井選手。
当時は他チームとの選手獲得競争も激しく、
今だから言えますが「他に獲られるなら、ウチに入れる」というような
なんていうのか声をかけた以上後に引けない、引かない、
そういうスカウト活動が横行していたような気がします。
本心が見えない村井選手、どうしても獲りたいわたし。
そのような時代、いま考えれば彼は「本当に必要としてくれているか否か」
それを彼はずーっと見ていたのでしょう。
スカウトは人の居間に上がり込んで説得するのが仕事。
当然彼の家にもお邪魔します。
彼は母子家庭に育っており、母君と対面。かわいい息子です。
当時の古河はアイスホッケー入社は正社員or契約社員(日本リーグ初と思います。当時)の選択で
正社員になるには一般学生と同じ試験や条件をパスしなくてはいけません。
なかなか正社員andアイスホッケー部員は困難となっており
ほとんどの場合契約社員での入社・入部が現実でした。
「彼は努力次第で10年活躍できる選手です。息子さんを私に預けて下さい」
簡単に申し上げ、その後彼はおおよそ古河に心を決め、あとは契約なのか正社員となれるのか、
スカウト活動は終盤に近づき、時期はそういうところまで来ました。
そういうところまで来たとき
彼の母親から手紙が届きました。
「息子は体も小さく、とても10年も選手を続けられないでしょう。すぐに社会に出なくてはいけないでしょうから
なんとか正社員で採用してあげて下さい」
簡単に申し上げたわたしは25歳。アイスホッケー部のただのアシスタントマネージャーでスカウトを
担当しているだけ。
採用に関わる権限なぞ遠い世界のお話です。
無力のくせに人の息子を預かるなどと、何かドラマの世界で観たような台詞でその気になっていた
自分を恥じました。
私の25歳、社会人3年目なんて言わば赤ちゃんですよ。
しかし、一方で彼がリーグで10年過ごせたら自分もチームスタッフとして
多少一人前になれるような気もしたのも事実です。
彼のリーグで活躍するという夢はわたしの夢にもなったのです。勝手に。
続きます。
それではまた!
January 21 第31話みなさんこんにちは。またはこんばんは。 ついにこんなに長い時間更新をとめてしまいました。 誠に申し訳ございません。 しかもひっさしぶりの更新が「おしらせ」として本体HPでご覧いただくことに なろうとは・・・。 個人PCの調子が悪く、自分のブログにアクセスできませんで、情けないやらナ ニやら。 なぜ、そこまでして久しぶりに更新するのか? 1月18日のHigh1戦、霧降場内FM(えのきどさんとやらせていただいてい る)で 「月曜日に更新します」と明言(公言?)してしまったからです。 詳しく説明しますと、前述の場内FMで受付させて頂いている携帯メールでの質 問などの中に 「本間島更新しないのですか?」という内容のものがあり、 それに対して先ほどのような発言をしておったのでございます。 で、なんで月曜日? となるのですが、 アレをみてから何か書こう、と思ったのです。 アレっていうのは村井選手の引退試合(霧降の)です。 どのようなシーズンでも引退選手というのはいて、それは戦力外であったり 自ら決めたものであったりします。村井選手の場合は後者ですな。 これらは通常シーズンの全日程が終了してから表に出るものであり、 まだ試合が残っている段階で発表してしまうのは大変希なことで、 そういう意味では今回の村井選手は特例です。 引退に関する「クラブコメント」に書かせて頂いたように、 彼はアイスバックスの歴史で唯一の経験を持った選手であり、 功労者として「最後の霧降宣言」をさせても良いだろうという判断を致しました。 これは私だけでなく、伊勢監督、瀬高選手会長も同意見でした。 それぞれがそれぞれの立場で彼の引退を受け入れた瞬間に まったく同じことを考えたのです。 ということで18日のHigh1戦は「地元最後の引退試合」という特例が実現し ました。 どのような場合でも選手の引退というのはさみしいものです。 同時に引退というものに関わると心身ともにグッタリと疲れが出て、しばらく体 と頭から力が抜けてしまうものです。 私もかれこれスタッフとして計10年以上アイスホッケーに携わっていますから、 選手引退はシーズンの最後の最後という体内時計ができあがってしまっているよ うで、 毎年必ずと言っていいほど引退発表の後は体調を崩しています。 まあ、あの、引退発表ってほとんどの場合シーズン最後の公式イベントで行われ ますから 1シーズン分の疲れがどっと出る、ということでもあるんでしょうけど・・。 しかしそれにしても選手の引退を目の当たりにするのはしんどい事です。 特にアイスバックスの場合は選手それぞれの人生が濃いですから。 私自身はシーズン中の選手引退発表というものを初めて経験しましたから 昨晩から非常に体調が悪いです。 この体調の悪さはなにも虫歯になってしまった親しらずの奥歯を抜いたから、だ けではないでしょう。 私は抜歯によってアゴが外れる、というのを初めて経験しましたよ。 処置が終わって先生が「はい、口閉じてもいいですよ」 「無理無理」 「あ、アゴ外れましたね」 だって。みなさん、歯は大切にしましょう。 話が脱線しました。 さて、私の体内時計を狂わせた張本人。村井忠寛。 彼との出会いはおよそ13年前。14年前かもしれません。 東洋大学で活躍する彼を見つけ、「古河に来ないか?」と声をかけました。 当時古河のスカウトであった私は複数の大学生、高校生に声をかけ、 ごはんを食べながら説得するという業務を、特にシーズンオフに集中的に行って おりました。 村井君の第一印象。 ・無口 ・笑わない ・本心をみせない ・愛想がない ・無関心 だいたい以上のようなものでした。 学生といえども大抵は先方も気遣いがあり、何らか理解し合うきっかけというも のがあるものです。 しかし彼はこちらがしゃべり続けないとほとんどしゃべらない、 むしろ「騙されないぞ」的な目で私を見ております。 「うーん、手強いなコイツ」 しかし、彼のように身体はちいさいが、運動量も多く、ワイドビジョンでぽんぽ んパスを出せる DFは絶対役に立つ。欲しい。 スカウト魂に火がついたというか魂というのは大げさというか。 とにかくこの「しゃべらなさ」に何か感じるものがあったのです。 というところで少し長くなってしまったので第32話に続きます。 すぐ更新しますよ~。 最後に、 18日の瀬高選手の活躍をご覧になりましたか? 彼は同日ヒーローインタビューの中で「引退する先輩に何かしたかった」という ような趣旨のことを 言っておりましたが、コメントはともかく 勝ち試合を霧降に引きずり込んでくる彼の気合いに私は驚きました。 気合いが入っていて「今日は動きがいいな、すごいな」という選手を見ることは よくあるのですが、見た目の気合いそのものに上乗せで結果として4ポイント取 る選手は 滅多にいませんよ。というか私は初めて見ました。 それではまた! September 19 第30話 みなさんこんにちは。またはこんばんは。 ちくのう症初体験の本間でございます。 さて、いよいよ明日開幕を迎えます。 10年目のシーズンということになりました。 東京での記念パーティの際に少し申し上げたのですが、 アイスバックスを立ち上げた当時は「あと一年できればいいだろう。二年続いた、十分だろう・・」 という感じで古河電工からすこしでもつながればそれで十分だろうという考えでした。 もちろん、永く続けたいという気持ちはあったものの、 それが簡単なことではない事を肌で感じていましたし、 先のことを十分に見据えるという余裕がありませんでした。 ですから、10年目を迎えるなんて当時の感覚では信じられないこと、でもあります。 なぜ10年目を迎える事が出来たのか? チームの現場では「ホッケーを続けたい」という選手の思いや、 「歴史を途絶えさせないぞ」という関係者の思いがチームを存続させていくのは当然なのですが、 一方、たくさんの皆さんがいつも応援して下さるおかげで、 いつも「もう一度試合を観て欲しい」という強い思いが、存続への執念となっていきました。 応援して下さる皆さんがいてくれたからです。 もし、いなかったら? たぶん、早い段階でチームはなくなっていた気がします。 HC日光アイスバックスは、選手が控室でユニフォームに着替えただけではまだ HC日光アイスバックスではありません。 控室を出て、通路を歩き、アイスリンクの観客席に皆さんの顔が見えたとき、 選手たちが皆さんの歓声に包まれたとき、 初めてHC日光アイスバックスとなります。 皆さんが私たちを完全にします。 会場でお会いしましょう! それではまた! September 08 第29話みなさんこんにちは。またはこんばんは。 さて、、 開幕も近づいて参りましたので、 当ブログもどんどん更新してまいりますよ! (クチだけにならないことを祈りつつ) おかげさまで10周年記念パーティ、 西武さんとのプレシーズンマッチを無事終えることができました。 たくさんの皆様にご来場頂き、誠にありがとうございました。 特にパーティではお祝いやお花などのお気遣いもいただきました。 この場を借りて重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました! パーティご出席の方にはご覧頂けましたが、 どうですか? 「東武ジャージ」。 なかなかのインパクトでしたよね?? 東武様ご協力の共同企画がやっと形になって参りまして、 対西武プリンスラビッツ戦はすべてこのジャージ! なかなか強引な企画と言えばそうなのですが、西武さんにもご快諾いただき、 将来はアイスホッケーの「鉄道ダービー」と話題になるよう祈ります。 ついでに鉄道ファンがアイスホッケーファンに変化することも祈ります。 さ、この企画ですが一から十まで、今期首相の、いや、主将のつちだくんが 担当しました。 行き掛かり上、担当となったつちだくん、そりゃ不慣れなことも多いですから 結構大変だったと思います。 練習での疲れもありますから、時にはグズグズ(赤ちゃんみたいな表現)することもあります。 しかし、持って生まれた「やりかけたことを途中で投げ出せない」しつこい、いや、 責任感溢れる性格でやりとげました。 さあ、私どもはこのジャージで東武さまのPRをさせていただきますが、 東武さまは「ラッピングトレイン」で日光IBのPRをして下さいます。 デザインはパーティで発表させて頂いた通りですが、 いつ、どこを走るなど、スケジュールが判明次第随時オフィシャルHPで発表させて 頂きますので、お楽しみに! ま、この発表もつちだくんがやるのですがね・・。 私は個人的につちだくんの苦労を報いて ラッピングトレインは「機関車トーマス」みたいに電車の顔が「つちだくんになってるやつ」 なんかどうか、と思いましたが、それは無理みたいです。 通勤でごった返しているホームに「つちだくんの顔電車が入ってくる」ことを想像してニヤニヤしてたんですがね・・。 さて・・・ 実は10周年パーティ、これもつちだくんが主任で準備段階から8割方進められましたが、 前述したとおり、選手としてこれほどたくさんの企画モノを担当するのは大変です。 しかし、持って生まれた「やりかけたことを途中で投げ出せない」性格でこれも最後までやり遂げてくれました。 ・・・。「その性格」を利用しているワケではないのだよ、つちだくん。 8月末に行われたボーリング対決では選手会長の瀬高くんがメイン担当。 これも不慣れで結構大変だったようですが、最後までやり遂げました。 こうやって選手と「何か」を両立しながらアイスバックスの選手たちは前進していきます。 これは「修行」です。いつか選手を引退しても、いまの経験は必ず役に立つことでしょう! うまくまとめきれませんでしたが、 パーティの進行でお世話になりましたレディオベリーの杉さん、栃木放送の松井さん、 もちろん会場の東武ホテルグランデの坂野さん、下野新聞さまをはじめとするご取材頂いたメディアの皆さん、 本当にありがとうございました! それではまた! |
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